朝。ダイニングに下りると、クロがテーブルについていた。
「おはよう」
 ちょっとびっくりしながらも、ミクは声をかけた。昨晩のことがあるので、なんとなく気まずい気がする。だが、男はフォークを持つ手を止めて、何ごともなかったかのように「おはよう、ミク」と返した。Tシャツにスウェットのパンツ姿なので、いかにも休日の朝の男という格好だ。そしてあいかわらず、ノー靴下。

「なんか今朝は、起きたときからこっちの姿なんだよな」台所に立つ玲央(れお)が言った。店舗のキッチンはシンプルモダンに整えてあるが、居住部のほうは昔ながらの昭和感あふれる台所だ。カラフルなモザイクタイル、花のイラストがついた鍋類、ビーズでできたのれんなど。
「昨日は犬の姿に戻らなかったの?」
 ミクが尋ねると、クロは黙ってうなずいた。

「こいつ、この姿で朝から食うのなんの。力士かよ。業務用スパゲッティあって助かったわ」言いながら、兄は自分の分の朝食をフライパンから取りだしている。
「昼めしのときは、店の方の手が()いたら()でて食わせてやってくれ。一回で1kgくらい食うから。ミートソースは冷蔵庫ん中な」
 結局、犬の姿でも人型でも、兄の世話焼きは変わらないらしい。クロはヘタくそなフォーク使いで、山盛りのミートソーススパゲティをせっせと食べすすめていた。