ブラックドッグ・フェアリーテイル ~君と13回目の主従関係~

「えっと、どちら様ですか?」
 ミクはおそるおそる尋ねた。
 絶対に知りあいのはずがない、と思ったのは、見るからに謎の白人女性だったからだ。
 年齢は三十代後半といったところだろうか。プリント柄の大胆なワンピースを着た女性は、真ん中分けの見事なブロンド、面長の女優顔、やや鷲鼻で、はっとするほど色の薄い水色の目をしている。ミクは(昔のドラマの女優さんみたい)と思ったが、タイトルは思いだせなかった。『セックス・アンド・ザ・なんたら』みたいな……。

「ええと……、女優さんがどうしてうちに?」
 『女優』という語句に、女性は華やいだ声を出した。「やぁだぁ違うわよ、これは仮の姿よ、もちろん」
「はぁ……」
「その人、おまえが頼んできてもらったんだろ?」
 玲央のセリフで、困惑していたミクはようやく思い当たった。たしかに昨日、クロのことを相談できそうな相手として、妹に相棒役のマスコットを貸してくれるよう頼んだことを。
「BBQぶりかしら? ミクちゃん、私に相談があるんですって?」
 女性は気楽な調子で尋ねてきた。
 ミクは首をひねった。「はい。でも……マスコットの人、こんなだったかな?」
 女優顔の彼女の言うとおり、先月実家でBBQをした際、妹から紹介してもらったはずなのだが、どうにもこの女性の記憶がないからだ。
「人型じゃなくて、もっとこう、仔馬のぬいぐるみみたいな感じじゃなかったですか? パステルカラーでもこもこで、語尾に『ポロ』ってつけてしゃべる……」
 ミクはおぼろげな記憶をたぐりよせた。
 『今だポロ! シャイニングステッキを使うポロ!』とか、そんなふうにしゃべっている動画を見せてもらった気がする。
「いまはユニコーンカラーって言うらしいわよ、パステルカラーのこと」
「へえー」
「ほらこれ、スタ〇の限定のカフェラテ。こういう七色になってて」
「へえぇ、かわいい~」
 スマホを見せてくる女性に、ミクは思わず同調しかかった。「じゃ、なくて」
 なおも問いつめようとしていると、扉が開いてクロが入ってきた。あいかわらずフローリングを裸足で歩くので、ぺたぺたと音をさせている。
「ミク。買ったものの袋を置いてきた」
 報告しながら、ミクのほうへ自然に近づいた。「あと、靴下がうまく履けなくて」

「あーっ、やっぱりここにいたのね! この駄犬が!」
 女性が急に叫んだので、ミクはびっくりして目を見開いた。クロも驚いて、手から五足組の靴下がぽろっと落ちた。
 結局、その日は四人で食卓を囲むことになった。女優顔の謎の白人女性、あるいは魔法少女のマスコットは、さも当然というふうにテーブルに陣取っている。
 彼女の名前については、本人は『ジェシカ』と呼ばれたがっていたが、妹はたしか『ポロロ』と呼んでいたので、マスコットらしく、そのまま呼ぶことにした。

「それで、この犬は結局、なんなんだ?」
 そうめんとかき揚げを運んできた玲央(れお)は、腰を落ちつけて食べはじめると、そう訊いた。
 ポロロは難なく箸を使いこなして、ひとしきりそうめんを堪能(たんのう)してから答えた。
「ざっくり言うと、『魔獣』ね」
「『魔獣』?」
 玲央が聞き返し、ポロロがうなずく。
「難しい定義は脇においておくけど、超自然的な力を持った人間以外の種族のなかで、とくに人から獣へ姿を変える生物だ、と考えて」
「狼男みたいなものか?」と、玲央。
「そうとらえてもらって、差し支えないわ。まぁこの駄犬をごらんのとおり、オオカミとも限らないから、『シェイプシフター』と言うほうが正確かしらね」
「昼間は犬の姿で、夕方から夜にかけて人間の姿になる?」
「うーん、時間帯は必ずしも関係ないはずだけど……うまく力を制御できない魔獣は、昼の間は獣の姿で過ごすことが多い、とは言うわね」
 ポロロは箸でクロを指さした。「ちょっと、人が真面目に解説してるのに、そこ、イチャイチャするのはやめなさいよ」
「えっ」
 ミクはきょとんとした。ちょうどクロの隣に座って、そうめんに苦労する男に食べ方を教えてやっていたのだった。くるくると麺を巻きとっては、つゆに浸け、口に入れてやる。ミクとしては、患者に食事の介助をするような感覚だったが、はたからは仲睦まじく見えることに気づかなかった。
「箸がうまく使えないんだ」
 クロが主張した。「ミクに食べさせてもらわないと、食べられない」
「本当でしょうね?」ポロロは舌打ちし、疑わしい目線を送った。ミクに向きなおり、「犬は嘘つかないっていうけど、こいつ、都合の悪いことはけっこうごまかすのよ」と言う。
「あの……ポロロさん、クロと知りあいなんですか?」ミクが尋ねる。さっきの言葉からは、少なくともポロロのほうは以前からクロを知っているように聞こえる。

 海老とそら豆のかき揚げに手を伸ばしながら、ポロロはわずかにためらったように見えた。箸の扱いがうまいので、なんだか来日回数の多い海外セレブみたいに見える。やっぱり、『ジェシカ』のほうが似合うかも。

「知りあいというか、まあ……こいつは、このあたりではけっこう名の知れた魔獣だしね」
 その答えには、どことなく含みがあるような気がした。
「なんだって、こんなでっかい犬男を野放しにしてたんだ? それとも、保健所にでも捕まってたのか?」
「こっちでも探していたのよ。まさか、てぃあらの姉のところで飼われてるなんて。……灯台下暗しとはこのことね」

 兄とポロロの会話を聞きながら、ミクは譲渡会での様子を思い返していた。クロを引き取った当日、行方不明になったことを知らせるために主催団体に電話したが、つながらなかった。その時は夜でもありしかたないと思ったものの、その後かけ直してみてもやはり、つながらないままだった。あの場にいた、ほかの犬たちはどうなったのだろうか。クロはいったい、どうしてあそこにいたのだろう。
 この二日間、人型のほうのクロとは、まだほとんどまともにしゃべったことがない。しかし、とにかく意思疎通ができるのだから、これまでの経緯を彼の口から聞いたほうがいいのに違いない。……

「ともあれ、てぃあらじゃなくて、私のほうに連絡してくれてよかったわ」
「……どうしてですか?」ミクは尋ねた。
「あなたねぇ、妹の活動にもうちょっと関心を持ちなさいよ。あの子がなにやってるのか、知らないの?」
 そういわれると、離れて暮らしているとはいえ、姉として肩身が狭い。ミクはかき揚げをはさむ箸を止めて小さく答えた。
「あの……魔法少女ってことくらいしか……」
 ポロロは「やれやれ」というふうに嘆息した。
「魔法少女は職業名でしょうが。なにをやってるかが大事でしょ。いいこと? 人類の愛と平和を守る。悪の組織と戦う。王子さまを救う。プリンセス修行。魔法少女の活動目的は数あれど、〈シャイニング・ティアラ〉の目的はただ一つ」
「名前ひっでぇな」兄がよけいなタイミングでよけいな口をはさんだ。
 ポロロはそれを無視した。
 そしてくり返す。
「目的は一つ。魔獣を倒すこと。――あなたの妹はね、魔法を使ってシェイプシフターを狩る、魔獣ハンターなのよ」

 さくっ。ミクの箸からかき揚げをかじり取って、人間の姿をした魔獣は、もぐもぐと咀嚼(そしゃく)した。
 飼い主と犬という関係になって三日目の昼。主役の一人と一匹は最大級に暗い顔で寄り添っていた。
 ミクのほうは、昨晩の話がショックで、落ちこんでいた。
 愛犬がただの犬でないことは、この家に迎えた当日から思い知らされている。人型に変身する犬なんていうファンタジーは、これまでは妹の専門領域だと思ってきたものだった。とはいえ魔法少女が実在するのだから、ほかの魔法的存在がいてもおかしくない。昨晩の話もその延長線上くらいに思っていたし、ごく普通の犬らしい姿も見ているだけに、どうにか一緒に暮らせるのではという期待も持っていた。それで、「魔法少女のお目付け役」的存在であるポロロを家に招いたのである。

 しかし、蓋を開けてみると、それは想像以上に「マズい」話だった。
 おなじファンタジーの世界の住民だと思っていたのに、愛犬クロは魔獣。そして妹にとっては倒すべき敵という衝撃の事実。まさかの敵対勢力宣言だ。
 ミクとしては、こっそり飼っていた小さな王蟲(オーム)を、大人たちに見つかったナウシカのような気持ちであった。
 詰めよる大人たちから、愛犬を必死に背中で押し隠し、「渡しなさい!」「いやっ! なんにも悪いことしてない!」。そんな映画のやりとりそっくりの悪夢を、昨晩は見てしまった。うなされた。

 さて一方、クロも落ちこんでいるように見えた。朝食はあいかわらず《《からり》》と完食したし快食快便、散歩にもよろこんで行った。ここまでは普段通りだったが、外出予定を告げてからはずっと尻尾が垂れ下がったまま。処刑台への道を歩く囚人のように移動して、待合室でも沈みこむ様子だった。ときおり、「クゥーン」と仔犬のように鳴いては、せつなげにミクを見あげている。
 彼もまた、飼い主と自分の悲劇的なめぐりあわせに思いを馳せているのかもしれないが、どちらかといえば、もっと差し迫った不安と恐怖に相対していた。

 一人と一匹はいま、獣医さんのところに来ているのだった。
「あれ……三枝(さえぐさ)先生、おられないんですか?」
 診察室に入ったミクは、開口一番に言った。

「父は去年、引退しましたよ。いまは僕が院長やってます。よろしくお願いしますね」獣医師が言った。
 淡い水色の、爽やかな半袖の診察着を着た、若い男性医師である。先代の院長はいたって普通の気のいいおじいちゃん先生だったが、目の前の若い獣医師は髪も目の色も薄く、初対面で「ハーフの方ですか?」と聞かれそうな外見だった。イケメンの若先生に代替わりして、オーナーの女性たちも喜んでいるかもしれない。
 『三枝(さえぐさ)ペットクリニック』は、ミケを飼いはじめてからお世話になっている町内の動物病院であった。

「ワンちゃんも飼いはじめたんですね」
「はい。譲渡会で……」
「いいことだ。最近は、譲渡会を利用してくれる人が多くなって、獣医としては嬉しいですよ。……ミケちゃんの調子は、最近、どうですか?」
「元気いっぱいで、我が家のボスです……。『ちゅ~るる』が大好物で」
「ちょっと塩分高めのおやつなので、あげすぎに注意してくださいね」
 ミケのあとはクロの話になり、飼いはじめて三日間の様子を簡単に報告した。もちろん「夜になると人型に変化する」部分は避けて話すことになるが、そうなるとクロは手のかからない良い犬だという話に終始してしまう。

 しかし、診察台の上のクロは、普段の落ち着きが嘘のようにそわそわしていた。吠えたり逃げ出そうとしたりこそしていないが、せわしなく歩きまわるので、ミクが身体を押さえておかなければいけないくらいだった。
「クロ、どうしたの?」
 首をかしげて愛犬のマホガニー色の目を見る。「今日は診察だけだよ、注射はないんだよ」
 ワクチン接種は譲渡会の段階で済んでいると聞いていて、今日はその確認と市への畜犬登録を依頼するために来院したのだった。
 昨晩の話を聞くかぎり、クロを『犬』として扱うのは無理があるだろうし、となるとワクチンも畜犬登録も去勢手術も必要ないのかもしれない。こうやって獣医に連れてくるのも、ミクの自己満足のような気もする。
 そう考えると、クロに申し訳ない気持ちになった。耳の下から首にかけて撫でてやり、「大丈夫、怖くないよ」と声をかけた。
『怖がらないで』
 自分の言葉に、ふとクロが最初の夜に自分に言ったセリフを思いだし、なんとなく恥ずかしくなる。
(あれは結局、怖かったけど、クロは怖がらないでくれるといいんだけど)
 しかし、飼い主の思いとは裏腹に、クロの挙動不審は続いた。獣医の触診から逃げまわり、しまいには、ミクの腕と身体の隙間に頭を潜りこませるようにして顔を隠してしまった。よっぽど怖いのだろうか。
「あはは、身体(なり)は大きいけど、ビビリな男の子だね」
「怖がりな子ではない……と思うんですが。すみません」
「ほとんどの子が病院は嫌いだからね、慣れてます」

 診察が終わって会計を待つあいだも、家に帰るまでの道のりも、クロはかわいそうなくらいしょげていた。
「病院はみんな怖いんだから、怖くても恥ずかしくないよ」
 ミクは愛犬をなぐさめたが、どうにも、尻尾は物憂(ものう)げな様子だった。

 ♢♦♢

 二人と二匹が住んでいる店舗兼住宅は、レトロモダンで(おもむき)はあるのだが、一部屋が狭い。店舗でないほうのダイニングキッチンで作り置きの簡単な食事を済ませると、ミクは狭いリビングへ移った。実家から譲ってもらった旧型のTVをつけて、なんとなくスマホをチェックする。
 仕事を辞めたあたりから、SNSからも遠ざかっているので、通知もなく静かだった。洋服の通販アプリなどをぼんやりと眺めていたが、頭には入ってこなかった。

 クロは病院から帰ってくると、そのままバスルームにこもってしまった。変身する姿をミクに見られたくないのだろう。犬の姿でもヒトの姿でも、およそ他人を傷つけるとは思えないのに、自分がおびえた姿を見せてしまったせいでクロに気を使わせていると思うと、複雑に心が痛んだ。しかし、ミクにしてみれば、あの変化途中の姿がショッキングだったのも事実なわけで……。

 難しいな。でも、やっぱり、飼ってあげたい。
 というより、むしろミクのほうが、クロと一緒にいたいと思っているほうが正しい。
 犬といえども、ミクにとっては『運命の相手』なのだ。ほかの誰かにわかってもらえなくても、自分だけはそう信じている。
(ちゃんと説明したら、てぃあらにもわかってもらえるんじゃないかと思うんだけど……)

 考えこんでいるうちに、眠りかかっていたらしい。裸足の足音がして、ミクは目を開けた。
「クロ」
 顔をあげてもお腹のあたりしか見えないが、見間違えようのない体格だ。彼女が座るソファの前に、クロが立っていた。キース・ヘリングのプリントTシャツにジーンズという、あまりあか抜けない格好で。
「ミク」
 クロは、ソファに座るミクの前にひざまずいた。「この姿でいるうちに、話しておきたいことがある」
 眠たかったせいか、ミクはクロの姿に、昨日ほど威圧感も恐怖も感じなかった。変化するときは身体が痛いのだろうか、などとぼんやりと考えていた。
「ソファに座りなよ」
 二人掛けのソファの隣を手でぽんぽんと叩いた。
 クロは考えるような顔になって、「いや、このままでいい」と言った。
 
 その顔に、どうやら真面目な話らしいとミクは眠気が覚めてきた。ひじ掛けに載せていた頭を起こす。
「どうかした?」

「俺は犬だから、ミクが大好きだし、ずっと一緒にいたいんだけど」
 クロは、ためらいがちに切りだした。
「もし俺が危険な魔獣だったら、ミクの妹だという魔女のところに行こうと思う」
 昼の、あの動物病院での怖がりかたが嘘のような、落ちついた声だ。

 思いがけない言葉に、言葉がすぐには出てこなかった。
「……クロは危険じゃないし、悪者でもないでしょう? そうだよね?」

 ソファの前に片膝をつく格好の男は、目線の位置が犬のときと同じだった。犬の姿なら顔を手で挟むのだが、男性の姿では、ただ目を合わせるだけでもちょっと緊張する。
 赤みがかった琥珀色の、古いワインのような色の、嘘のないまっすぐな目がミクを見ている。
「わからない」クロは初めて、ためらいを見せた。「でも俺には、あの譲渡会であなたに会うより前の記憶がない……危険な魔獣でないという保証はどこにもない」
「それは、てぃあらやポロロさんにも確認してみてからでも――」
 クロはその言葉をさえぎった。「ミク、少なくともあなたは、俺を怖がっている」

 図星をつかれて、ミクは言葉を失った。
 バスルームでこっそりと変化していたクロは、彼女の恐怖に気づいていたのだ。

「俺を妹のところに預けることを、考えてみてくれる?」
 責めることなく、穏やかな声でそう尋ねられた。ミクは迷いながらも、うなずくしかなかった。
 それを聞いたクロはようやく笑顔らしきものを見せて立ちあがった。そして、去り際に優しくこう言った。

「あの日、俺を選んでくれて嬉しかった。……おやすみ、ミク」
 朝。ダイニングに下りると、クロがテーブルについていた。
「おはよう」
 ちょっとびっくりしながらも、ミクは声をかけた。昨晩のことがあるので、なんとなく気まずい気がする。だが、男はフォークを持つ手を止めて、何ごともなかったかのように「おはよう、ミク」と返した。Tシャツにスウェットのパンツ姿なので、いかにも休日の朝の男という格好だ。そしてあいかわらず、ノー靴下。

「なんか今朝は、起きたときからこっちの姿なんだよな」台所に立つ玲央(れお)が言った。店舗のキッチンはシンプルモダンに整えてあるが、居住部のほうは昔ながらの昭和感あふれる台所だ。カラフルなモザイクタイル、花のイラストがついた鍋類、ビーズでできたのれんなど。
「昨日は犬の姿に戻らなかったの?」
 ミクが尋ねると、クロは黙ってうなずいた。

「こいつ、この姿で朝から食うのなんの。力士かよ。業務用スパゲッティあって助かったわ」言いながら、兄は自分の分の朝食をフライパンから取りだしている。
「昼めしのときは、店の方の手が()いたら()でて食わせてやってくれ。一回で1kgくらい食うから。ミートソースは冷蔵庫ん中な」
 結局、犬の姿でも人型でも、兄の世話焼きは変わらないらしい。クロはヘタくそなフォーク使いで、山盛りのミートソーススパゲティをせっせと食べすすめていた。

「あと、今日の花火大会、てぃあらがこっちで観たいっつってたけど、夕方待ち合わせでいいか?」
 半熟の目玉焼きを崩して、そこに薄いフライドブレッドを浸しながら玲央が確認した。兄妹の目は冷蔵庫に貼ってある花火大会の案内チラシに向けられている。

「うん」
 妹の提案は、ミクのLINEにも届いていた。というより、昨晩ミクが、彼女のマスコットキャラであるところの『ポロロ』にコンタクトを取ったので、そこからてぃあらに連絡が行ったのだろうと思われた。

 夕方、妹に会うときに、ミクはクロのことを話すつもりでいる。それは昨晩彼が申し出たことを、彼女なりに考えての結論だった。

 あんなに非常識な形で出会ったのに、クロは驚くほど温厚で、ミクに忠実だ。
 けれど本人が言うとおりの危険な魔獣だった場合、たしかに一般人であるミクにはどうしようもない。責任を取っても、守ってもやれないのだ。
 おまけに、いまの自分に、普通でないペットの事情を抱えて生活できるのかという懸念も残っていた。
 魔法少女である妹には、魔獣をハントするための武器や能力があるという。だから、彼女のもとに行くというクロの決意は止められない、と思った。

 姉としてはてぃあらの善良さに信頼を置いているし、ポロロも現時点で敵対していない魔獣に危害を加えることはしないと明言してくれた。
 だから安心してこの超常現象から手を引けるはずなのだが、どうにも、ミクの心は晴れないでいる。