「えっと、どちら様ですか?」
 ミクはおそるおそる尋ねた。
 絶対に知りあいのはずがない、と思ったのは、見るからに謎の白人女性だったからだ。
 年齢は三十代後半といったところだろうか。プリント柄の大胆なワンピースを着た女性は、真ん中分けの見事なブロンド、面長の女優顔、やや鷲鼻で、はっとするほど色の薄い水色の目をしている。ミクは(昔のドラマの女優さんみたい)と思ったが、タイトルは思いだせなかった。『セックス・アンド・ザ・なんたら』みたいな……。

「ええと……、女優さんがどうしてうちに?」
 『女優』という語句に、女性は華やいだ声を出した。「やぁだぁ違うわよ、これは仮の姿よ、もちろん」
「はぁ……」
「その人、おまえが頼んできてもらったんだろ?」
 玲央のセリフで、困惑していたミクはようやく思い当たった。たしかに昨日、クロのことを相談できそうな相手として、妹に相棒役のマスコットを貸してくれるよう頼んだことを。
「BBQぶりかしら? ミクちゃん、私に相談があるんですって?」
 女性は気楽な調子で尋ねてきた。
 ミクは首をひねった。「はい。でも……マスコットの人、こんなだったかな?」
 女優顔の彼女の言うとおり、先月実家でBBQをした際、妹から紹介してもらったはずなのだが、どうにもこの女性の記憶がないからだ。
「人型じゃなくて、もっとこう、仔馬のぬいぐるみみたいな感じじゃなかったですか? パステルカラーでもこもこで、語尾に『ポロ』ってつけてしゃべる……」
 ミクはおぼろげな記憶をたぐりよせた。
 『今だポロ! シャイニングステッキを使うポロ!』とか、そんなふうにしゃべっている動画を見せてもらった気がする。
「いまはユニコーンカラーって言うらしいわよ、パステルカラーのこと」
「へえー」
「ほらこれ、スタ〇の限定のカフェラテ。こういう七色になってて」
「へえぇ、かわいい~」
 スマホを見せてくる女性に、ミクは思わず同調しかかった。「じゃ、なくて」
 なおも問いつめようとしていると、扉が開いてクロが入ってきた。あいかわらずフローリングを裸足で歩くので、ぺたぺたと音をさせている。
「ミク。買ったものの袋を置いてきた」
 報告しながら、ミクのほうへ自然に近づいた。「あと、靴下がうまく履けなくて」

「あーっ、やっぱりここにいたのね! この駄犬が!」
 女性が急に叫んだので、ミクはびっくりして目を見開いた。クロも驚いて、手から五足組の靴下がぽろっと落ちた。