服を着ているというだけで、不審な男がイケメンに見えるのだから不思議だ。

 クロは両手にショッピングバッグを持ち、主人の前を歩いてはときどき振りかえってみたりする。その仕草は犬の姿のときとそっくり同じだった。
 しかし、帰宅途中のミクは疲れきっていて、愛犬のほほえましさに目をとめる余裕はあまりなかった。
(今日は、カフェに綾乃たちが来て……クロを初めて散歩させて……クロが《《人型》》になって……それで、(あらた)くんに会って……)
 前職を辞めてから、カフェで働けるようになるまでにも一月ほどかかったミクである。
 今日一日の出来事は、最近の自分のキャパシティを大きく超えていた。特に、クロの変化については……。
(いけない、いま思い出すのは危ない気がする)
 何度も繰り返して思いだすと、それが予期不安として定着して、パニック発作につながるので、避けなければいけないのだった。ぶんぶんと頭を振って、記憶を追い出そうとつとめる。
 ともあれ、散歩にも行けたし、外出の目的は果たしたのだから自分をほめてあげたい。帰ったら冷たい麦茶を飲んで、かわいそうな心臓を労わってやろう、とミクは思った。

 とっぷりと日が暮れても、にぎやかな飲食店街の片隅。
「ただいまー」
 明かりがついていたので、こちらだろうと思い、店舗部分に入っていく。
「おう、おかえり」
 玲央は夕食の用意中のようだった。
 揚げ物をする音がしているので、「なにか手伝おうか?」と声をかけようとしたミクだったが、ぴたりと動きを止めた。
 誰かいる。
 店舗のキッチンで食事を取るときには、カウンターに一番近いテーブル席を使っているのだが、そのテーブル席に見知らぬ女性が座っていた。
 ミクと目があうと、「おかえりー。お邪魔してるわよ」と言った。

 テーブルの上には、大袋に入ったお徳用バウムクーヘン(小分け)がある。空袋が三つほど散乱していて、女性はちょうど四つ目を開けているところだった。