ミクは、目の前に立つ男のすらりとした立ち姿に、疲労も失望も忘れてしばし見とれてしまった。太い首からがっしりした幅広の肩にまず目が行く。そこから長い胴と長い脚が続いて、腕は筋肉の形がわかるくらい固く盛りあがっているのに、どこか優美さもあって……。
 とはいえ、クロに選んだのは、ごく普通のTシャツとジーンズだった。今にも『夏休みなんで、バックパッカーしてまわってるんですよ。大学ではアメフトやってます』と言いだしそうな格好だ。
「苦しい? もうひとつ大きいサイズ持ってくる?」
 そう言ってはみたものの、見たところサイズが小さいようには見えない。ジーンズのすそをカットする必要もなさそうだし、モデルが映る大きな店内ポスターと見比べても、遜色ないと思うほど似合っている。
 クロはTシャツのすそを引っ張ったり、膝を曲げたり伸ばしたりしながら、「布が肌にはりつく感じがして、気になる」と言った。
「あぁ……」
 そういう意味かぁ。いつもは服着てないもんね、裸だもんね。そりゃ気になるよね。
 そう言いそうになったミクは口を押さえた。隣に立つ(あらた)が、あんぐりと口をあけてクロを注視していたのを見てしまった。

「えっ……誰、このイケメン」
 
(ですよね……)
 ミクもそれが知りたい、とても知りたいのだが、そのタイミングは今ではない。
「あっあのね、(あらた)くん、この人は我が家にホームステイしている交換留学生で――」
「へぇ……体格いいね、どこの国の人? スポーツやってる?」
「どっ、どこだったかなぁ、アメリカ? かな?」
「なんていう名前なの?」
 もともと内気で、会話の苦手なミクは嘘も下手だ。
 しどろもどろになっている主人と、その隣に立っている相対的に小柄な男とを、クロはじろじろと見比べた。
 そして。
「俺はミクの犬だけど、あなたは?」
 なにかが致命的に間違った英語の例文のような質問を、堂々と口にした。