そこに立っていた若い男性は、昼間に梨沙(りさ)から心配されていた、例のメール相手だった。
「偶然だね、こんなとこで。買い物?」
「う、うん」
「どうしてるかと思ってたよ、大丈夫? 最近、なかなかLINE返ってこなかったからさ」
「ごめんね。新しい仕事で、慣れなくて、ばたばたして……」
「ああ、梨沙さんから昼、連絡来たよ。新しい職場、カフェだって?」
「うん」
 新人研修から一緒だった同期の看護師、(あらた)は、手技のうまい真面目な青年だった。『男性の少ない職場だから、コミュニケーションに苦労している』というのが、なんとなく自分と通じる部分を感じて、研修後に仲良くなった。食事や映画に二、三度行った程度の仲で、おたがいに好意を持っている感じだったのだが、職場を辞めたミクは、彼に連絡が取りづらくなっていたのだった。

 再会の気まずさを紛らわそうと、当たりさわりない話題を選んでくれている(あらた)に、ミクは申し訳ない気持ちになった。フェードアウトするにしても、もっと心配をかけないようなやり方があったはずなのに。
「あの――」
 ミクが口を開いたのと、ジャッというカーテンの音がしたのは同時だった。

「アラタ、このワンピの形、どうかな?」
 カーテンを開けて出てきたのは、ミクの知らない女性だった。新はいくらか慌てた様子で、「いいと思うよ、かわいい」などと言っている。
(そっか。やっぱり、彼女いる……よね)
 彼がミクにしょっちゅう連絡を取ってきていたのは、もう三か月ほど前になる。そしてミクのほうが返信を(おこた)っていたのだから、すでに恋人がいてもまったく不思議ではなかった。
 もちろん文句を言う筋合いでもないのだが、今日一日の対人ストレスで疲弊したミクの心は、とどめの一撃を受けた。
 傷ついた心と気まずい沈黙をごまかそうと、スマホを取りだしかけたところで、ミクの前のカーテンがあいた。

「ミク。この服は俺には小さいと思う」
 試着室の中から、クロが遠慮がちな声を出した。