譲渡会に行ったのは昨日のこと。そして昨晩はずいぶん悩んだ。こうして兄に相談していても、考えこんでカトラリーを置く手が止まってしまう。そもそも、自分だって居候のような状態なのだし……。

「いいことじゃないか。散歩口実に、外に出やすくなるだろ」
 兄は気楽な調子で言った。火を使う作業に入ったのか、キッチンからはジャーッという勢いのよい音がしていた。

「朝と晩、仕事の前と後に、俺かおまえかどっちかが散歩に連れていって。心配なら、こっちに連れてきたっていいし」
「お店に犬? 大丈夫なの?」
「うちも近々、盲導犬可にする予定だから、まあいいだろ」
 子どもの入店お断りなのに、犬はいいのか……。
 そう思ったが、なにしろこだわりの多い焼き鳥屋のマスターのような性格の兄なので、本人がいいなら、いいのだろう。

三久(ミク)
 作業の手を止めて、兄がキッチンから出てきた。カウンター近くのテーブルに葉野菜が入ったコンテナと、ラップを掛けたボウルを置く。
「ドレッシングの味見てくれ。あと、サラダの盛りつけ頼んでいいか?」
「うん」

 誰が見ているわけでもないが、並んでみると、よく似た兄妹である。どちらも父譲りの栗毛で、学生時代は「染めてるんじゃないか」と教師にねちねち言われたクチだ。色白の痩せ型で、キツネ顔というのか、卵型の顔にほっそりした鼻とやや切れ長の目。兄の玲央(れお)は、クールにみられがちだが手も口もよく動くタイプ。銀縁の眼鏡で、フランネルのシャツにチノパンが定番の、カフェの店長というよりも学者かエンジニアと言われたほうがしっくりくる容貌だ。

 妹の三久(ミク)は内気で人みしりがち。髪は、ここ数年は短めのボブカットが定番になっている。白いシャツにサブリナパンツ、カフェエプロンと格好は立派なカフェ店員だが、作業スピードはよく言えば丁寧というか、遅かった。