太陽光の下では、彼の目はほとんどルビー色のように燃えあがって見えた。真剣に耳を傾けている愛犬に向かって、ミクは続けた。
「昔から血が苦手で……実習のときから心配されてたんだけどね。資格を取って、卒業するまでは、なんとか大丈夫だったんだけど。春から働きはじめて、救急部とオペ部は避けてもらえたし、がんばってやっていくつもりだったんだ。
 でも……病棟で、お年寄りの患者さんが、食堂で倒れちゃったことがあったの。すごく血がたくさん出ていて、それを見てパニックになっちゃってね……」
 目の前に広がる鮮血と、そのなかで動かなくなっている身体。
 それを見たときの自分の衝撃と、そのあとのコントロール不可能な状態は、いまでも不意に記憶によみがえって、ミクの動悸を激しくさせる。
 点滴スタンドに足をひっかけて倒れた患者は、実際には見た目ほど重症というわけではなかった。ドレーンバッグが破けて、大量に出血したように錯覚しただけだったということも後でわかった。
 それなのに、ミクはその後、前にもまして血に恐怖を感じるようになり、ついには業務に支障をきたすまでになってしまったのだった。

「仕事を辞めてすぐは、情けなくて、本当に外にも出られないくらい落ちこんでたんだけど、最近は元気になってきたんだよ。今日会った友だちにも、そういわれたんだ。
 嬉しかったけど、ちょっと寂しい気持ちもあったな。みんなはわたしと違って、ちゃんと働けてるんだもんね。新しい友だちも連れてきてて……」
 しゃべっているうちに、本当に寂しくなってきてしまい、ミクは目の端を強くこすった。
 アヤは髪型変えてたな。
 梨沙、いつのまにカメラ買ったんだろう。
 結衣ちゃんと一緒に行こうって言ってたパンケーキのお店、結局行けてないや。
 一歩ずつ前に進んでいる気持ちになれるときもある。でも、自分ひとりが社会から取り残されているような気持ちになることもある。
 しゃがみこんでクロの首筋に顔をうずめていると、古いラグのような肌触りで、心地よかった。
「ウァウ」
 喉の奥で軽くうなるような、穏やかな声がした。もっとその声が聞きたい、と思うような、心落ち着かせる声だった。