元気いっぱいに仕事を開始したミクだったが、開店から三十分過ぎ、一時間すぎると、しだいに緊張しはじめてきた。
今日の予約リストには、友人の名前がある。
カフェで働きはじめて二か月。知りあいが客としてやってくるのは、これがはじめてのことだった。
同年代の女性四人組は、時間どおりに来店した。仕事中だからと気を遣って、「久しぶり」のあいさつは控えめにしてくれている。庭の見える人気のテーブル席を確保してあると告げると、「ありがとう」と口々に言って移動していった。
別のお客に皿を運びながら、ちらっと見ると、メニューを前に顔をつき合わせて楽しそうだ。ミクと目があうと、目立たないように小さく手をふってくれた。
ミクは注文が決まったころを見はからって、彼女たちのテーブルにまわった。
「ネットで見て、前から気になってたんだぁ。この店、ミクのお兄さんがやってるんだね」
予約の電話をかけてきた、綾乃が言った。
「うん」
「サラダ美味しそう。日替わりと……フォカッチャを頼むか迷うなぁ」結衣はメニューを前にまだ真剣そうだ。
「お隣がパン屋さんで、そこの朝の焼きたてだからおいしいよ。ゼンメルもおすすめ」ミクが言った。
梨沙は立派な一眼レフを構えていて、ひとしきり内装や庭を褒めてくれた。SNSに投稿してよいか尋ねられ、快諾する。
「素敵な内装だね。エントランスのグリーンも、すごいセンス良かったよ」
「ありがとう。兄に言っておくね、喜ぶと思う」と、ミク。
「あっ、この子がメールでもう一人連れてくるって言ってた子。おんなじオペ室なんだ」綾乃が、隣に座る女子の名前を紹介してくれた。四人のうち、唯一ミクが知らない子だった。
「綾乃ちゃんによくお話聞いてます、よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします。今日はすみません、あんまりゆっくりできなくて」
「いえいえ、お仕事中なのに、こっちこそすみません」
それから二、三言葉を交わし、話のきりが良いところで、『じゃあ、またあとで』と言ってミクは他の接客に戻った。その後も、あまり長話はできなかったものの、料理を運ぶたびに少しずつ会話が進んだ。職場のこと。彼女がいなくなってから、最近の話。ミクは愛想よく相づちを打った。