「よしっ」
 今日は、やることが山積みだ。ミクはカフェエプロンの紐をしっかりと結んで、気合を入れた。手もとのメモにはこう書いてある。

『11:30~ アヤたち来る
 ◎やることリスト
  ・獣医の予約(水曜休診! 電話番号→○○-××××-□□)
  ・服を買う(大きいサイズのお店)』

「それじゃ、お仕事してくるね。終わったら散歩に行こうね」
 長く優美な鼻口部を手で挟むと、クロは「ウォン」と小さく応じた。まるで、『自分が大きく吠えると、みなさんを怖がらせますから』とでも言っているかのようで、遠慮がちでとてもかわいらしい。

「いい子、いい子」
 まだ、たった数時間しか一緒に過ごしていないというのに、しかも非現実的な事情を背負っていそうなのに、ミクはもうすっかり、目の前の黒犬に夢中になっている。昔から動物全般が好きだし、愛情表現の「あ」の字もない猫だってかわいくてたまらないのだから、犬を飼ったら犬バカになる運命に決まっているのだ。

「クロはかわいい。世界一かわいいよー。はぁー……」
 離れるのが名残惜しくてわしゃわしゃと撫でる。クロは、彼女が撫でやすいようにお行儀よく座って固まっていた。
 ミケに同じことをやると、「おまえが触った部分が(けが)れた」というような顔をされ、触った場所を必死に毛づくろいされるのが常なので、クロの反応は新鮮だ。まあ、猫はそういう生き物だから、それはそれで全然愛せるのだが。

「おまえ、それ、中身はあの全裸の男だぞ」
 兄が、キッチンから水を差すようなことを言った。
「中の人などいない。……ねー、クロ」
 クロの尻尾が賛同するように揺れていた。