いい匂いのビニール袋の中身は、買ってきた焼き鳥だった。
 『ミクの犬かもしれない男(仮)』は、立ちあがってビニール袋のなかに頭をつっこもうとしていた。下半身にひざかけを巻いて上半身が裸の、プールから上がって着替え中の男子中学生のような格好のままで。
 

「待って」
 ミクが声をかけると、男はレジ袋につっこみかけていた頭をぴくっと止めた。
「犬にタマネギはダメなんだよ」
 四つ身にレバーに鳥皮。人間の食べ物が犬の身体に悪い、ということは予習済みなのだが、この際そうとばかりも言っていられない。とりあえず、モモの串からタマネギを外す。
 焼き鳥の串も危ないと聞いたことがあったので、ミクは串から身をはずしてタマネギをよけ、肉だけを皿に出してやった。

「よし。どうぞ」
 男は皿を見て、ミクを見た。また皿を見てミクを見てから、ゴーサインが出たと確信したのか、がつがつと食べはじめる。整った顔だちに似合わない性急さだ。よほど空腹だったのだろう。
 猫のミケは、うさんくさいものを見る目つきでその様子を観察していたが、しばらくすると害なしと判断したのかキッチンを出ていった。玲央の部屋に彼女の寝床があるので、そこで寝るものと思われた。

「犬にタマネギ、って……なんで犬?」
 明るいキッチンカウンター側から、玲央がつっこんだ。

 あらためて、男の発現(「俺はあなたの犬です」)を説明すると、玲央はあきれたように首を振った。「……この男が、飼う予定だった犬だぁ? なにをアホなことを。犬は犬、男子は男子だぞ」

「えっと、もちろん、そうなんだけど」
 ミクはしどろもどろになった。もちろん、そうなのだ。
 たかが瞳の色が同じだというだけで、「玲央が迎えに来た」なんて言ったくらいで、若い男を犬と取り違えるなんて馬鹿げている。

 でも……。
 初対面の恐怖が落ちついてみると、あの犬が目の前にいるのでは、という感覚が強まってきた。

「でもね玲央、あの犬は《《絶対に》》わたしが探してた運命の相手だし、街中でいま迷子になってたら、心配でこうしていられないと思うの。でも今はそうじゃないから――」
「ミク……しっかりしろ」
 玲央が叱責した。
「おまえが、普通の男じゃなく大型犬との間に運命を感じた点も、まあどうかと思うが……、その運命の糸にはGPSも本人確認機能もないんだぞ」
 そして、さっさと自分の分の串を確保し、缶ビールをぷしゅっと開けた。