「あの……困ります、本当に。犬も探しに行かなきゃいけないし……あっ、保健所に連絡しなきゃ」
「保健所!?」幅広い肩がびくっと震えた。「保健所はイヤだ」
「あなたは警察です」
「警察もイヤだ……」
 保健所はイヤ、警察もイヤって……。
 まさか、不法入国者なのだろうか? 語学留学名目でやってきて何とか、ニュースで言っていたような気もする。だとしても、かわいそうだが、警察に引き渡すことは避けられないだろう。

「俺を飼ってくれると言ったのに」男は恨みがましい目で彼女を見あげた。
「レオという人に相談して、それで良いと言われたら迎えに来るって。レオが迎えに来たから、あなたに会えると思って待っていたのに。保健所なんて、あんまりだ」

「だから、あなたは警察だと……」言いかけて、なにかに引っかかった。
「《《玲央が迎えに来た》》?」

 空になった首輪と、かすかに犬めいた鳴き声が、脳裏によみがえってきた。

「まさか、あなた、わたしの犬なの!?」
 思わず、そう尋ねてしまった。すぐに、自分でもなにを言っているのだろうと恥ずかしくなった。いくら、あの犬のことが心配だからって、ばかげている。この男は、警察に引き渡されたくないがために口から出まかせを言っているだけなのだ。顔から火が出そうだった。

 だが、男がぱっと顔を輝かせたので、ミクの疑問と自己嫌悪は一瞬、しぼんでしまった。

「そうだよ、ミク。……俺は、あなたの犬です」

 マホガニー色の目をきらめかせ、男は満面の笑顔で、そう言いきったのだった。