警察。警察だ。

 ミクはスマホを握りしめたまま、やるべきことを思い描いていた。しかし、腹をすかせたミケは信じがたいほど暴力的になるので、放っておくことができず、思わずキッチンに戻って餌を出してしまった。夜ごはんにはドライフードのほかに、パウチに入った好物のウェットフードを出してやることになっている。ミケはそれをものすごく楽しみにしているので、少しでも遅れると地獄からの使者のような声で凄まれ、高価なソファで爪とぎをされ、お気に入りのスカートの上で粗相をされるなどといった報復が待っているのだ。それは避けたい。

 男は当たり前のようにぺちぺちと裸足でついてきた。全裸で。

 そういう趣味の人にしたところで、裸を隠すためのトレンチコート(?)があるのではないかとミクは疑ったが、少なくとも庭のあたりにそういったものは見当たらず、しかたなく客用の冬のひざかけを渡した。
 男はしげしげとひざかけを眺め、首から下にくるりと巻きつけた。十分な長さがあるので必要な部分は隠れたが、プールの後の小学生男子のような間抜けな格好だった。しばらくすると腕が出せなくて不自由だと気づいたのか、下半身だけ腰ミノのような形に巻きなおして満足したようだった。プールの後の中学生男子くらいにはなった。

 警察に電話しないと。

 一心不乱にウェットフードをむさぼるミケを、男はうらやましそうに見つめていた。夕食を狙う不審者の気配に気づいたミケは、「オッオッオッオッ」と威嚇しながらフードをほおばっている。男の腹がまた「ぐぅ」と鳴った。その腹は筋肉で影ができるほどみっしりと割れている。
「あの」
 男が控えめに言った。「俺も、あれ食べていいですか?」

「えっ」ミクはスマホを手に固まった。いきなり何を言うんだ、この変態男は。「ダメですけど……」

「そう」男は目に見えてしょんぼりした。
「じゃあ、俺はいつ食べてもいいんですか?」
 礼儀正しく、おずおずとそう尋ねられる。

 いや、そんな、キャットフードを食べるのが当たり前みたいに言われても。