立っているだけでも汗ばむような真夏日、ミクは自分にとっての運命の一歩を踏みだした。外へ。

 まわりから見て特別ななにかをやったわけではない。ただ地下鉄に乗ってネットで調べた会場に出向き、意を決してなかに入っただけだった。それでも、家族と一緒ではなく一人で、自分で決めた見知らぬ場所に行くということが、このときのミクにとっては運命を変えるほどの一大事だった。

 そして、()に出会った。

 暖かみのある、赤みがかった茶色の瞳が自分を見ている。
 隣についてくれたNPOのスタッフからは、マホガニー色というのだと教えてもらった。アーモンドのようなきれいな形で、一心に彼女を見あげてくる瞳は穏やかだ。それでいて、彼には嘘もごまかしも通じないということがわかる。見ているだけで体温が上がりそうで、その目に自分が映っているのが信じられないような、うっとりした気持ちに包まれる。

 彼こそ、自分の運命の相手にちがいない、とミクは確信した。

 彼女がはっと我に返ったときは、まるで魔法が解けたようだった。周囲の音が、景色が、ようやく戻ってくる。それくらい、彼の瞳に夢中になっていたのだった。

 ウォン、ワンワン、……ウァウッ……

 ざわめきに混じって犬の鳴き声が聞こえる。一匹ではなく、数匹の、種別も体格(サイズ)も違う犬の声だ。手のひらに触れるひんやりした金属は、ドッグケージのもの。そして檻をはさんで、マホガニー色の目と、つやつやした黒く短い毛並み、引き締まった筋肉を持つ大型犬が、彼女の前にいたのだった。