そうと決めたら、ここの展示はしっかりと頭に入れないといけないな。藍佳はそう思い、脳みそを取材モードに切り替える。
 江戸東京博物館は、ジオラマや実物大模型が多い博物館だ。おかげで当時の人々の生活をリアルに想像できる。それに写真撮影がOKの展示も多い。藍佳のスマホのフォルダは、またたく間に、長屋やら屋台やら芝居小屋やらの写真で埋め尽くされていった。

「…………」

 一方北斎は、最初のジオラマ展示をピークにみるみると興味を失っていったようだ。まぁ仕方ない。彼にしてみればつい最近まで当たり前のように過ごしてきた世界だ。藍佳だって「令和時代の庶民の生活」なんて言われて、何の変哲もない1LDKのアパートを見せられても、感動しようがないだろう。

「ホクサン、アレなに?」
「あ? あぁ。何って寿司屋の屋台じゃねえか。ああ……そういや、こっちじゃ見ねえな」
「ホクサン、じゃあアレは?」
「へえ。両国橋の賑わい、そのまんまじゃねえか」

 と、こんな感じで答えてはくれるが、飽き始めているのは明らかだった。

 それが一変するのは「江戸ゾーン」が終わり「東京ゾーン」に差し掛かってからだ。

「おいおい、なんだよコレ!?」
「蓄音機。声とか音を記録するための機械」
「げぇっ! まさか今まで見てきたモン全部焼けちまったのかい?」
「関東大震災と空襲があったからねぇ。火事に弱いのは江戸と同じだったのよ」
「この箱はなんでぇ?」
「……ゴメン、アタシもわかんないからちょっと、パネル読ませて」

 天才絵師のサガなのか、知らないもの初めて見るものを、貪欲に取り込もうとしていた。

 そして最後に……

「ねえねえホクサン、これやってみようよ!?」
「なんでぇ一体? ……ってこれ、オレの絵じゃねえか!!」

 ミュージアムショップに置いてあるガチャガチャ。カプセルの中には北斎の浮世絵を立体化したジオラマやフィギュアが入ってるようだ。

「よいしょっと」

 コインを入れて固いレバーをひねると、プラスチックのカプセルがごろごろと転がってきた。それを拾い上げて中身を確認する。

「あっ! コレ当たりじゃないの!?」

 荒波とその間を進む船、そして奥には富士山。例の代表作『神奈川沖浪裏』だ。北斎はそれをつまみ上げると、目を細めて観察した。

「ふぅーん。細けえ所の始末がひでえが、この大きさにしては、まぁまぁ落とし込めてるんじゃねえか?」
「はは……辛口。まー大量生産品だし、ホクサンが納得できるレベルの精巧さからは遠いかもね」
「とはいえ面白ぇよ。こんな形でオレの絵が生き残ってるのは、悪い気しねえな」

 北斎は存外このオモチャが気に入ったようだった。部屋に戻ってからも、しばらくいじくり回してたし、その後もローテーブルの上にそれは飾られることとなった。