おっさんは、あらためて子供たちを見る。
バステトのスキルで命の灯火が消えそうになっていた者もなんとか持ち直している。しかし、このままではまた同じ状態になってしまう。
見渡すと、子供たちはおっさんを見つめている。
「37人か?全員なのか?」
「え?」
目の前に居る男児は、おっさんの答えに質問で返してしまった。
「ここに居るのが全員なのか?」
「・・・」
「連れて・・・。動かせないのか?」
おっさんの問いかけに、男児は泣きそうな表情で頷いた。
「そうか、バステトさん。お願いします」
”にゃ!”
「隠れている場所に案内しろ。助けられるだけ、助ける」
「うん!」
子供たちは、自分たちが救われつつあると認識している。
バステトのスキルがどんなスキルなのかわからないが、体が動くようになったのはわかる。助けてくれている。
男児が、おっさんとバステトを誘導するように森の中を歩くと、すぐに小さな岩に辿り着く。岩を利用した隠れ家を作っていた。
岩の中には、10畳ほどの空間が広がっている。高さは、腰をかがめれば、なんとか入られるくらいだ。子供でも、かがまないと入ることが難しい。
その圧迫されるような空間に、10名ほどが寝かされている。
息が弱い子供も多い。
バステトのスキルが発動する。
先ほどよりも強いスキルだ。そして、回数も多い。
寝かされていた子供たちの息が安定して深くなったのを確認して、バステトはスキルの発動をやめた。
「バステトさん。もう、大丈夫?」
”にゃにゃ!”
バステトの声は、おっさんとカリン以外にはネコの鳴き声としてしか認識が出来ない。この場に居る子供たちには、バステトが何をしているのかさえも理解ができていない。
ただ、助かったことだけはわかった。それを行ったのが、バステトでもおっさんが助けてくれたと思えて来る
「さて・・・。動ける者には、仕事を頼みたい」
「はい!」
子供たちは既におっさんに従う意思を見せている。
助けてもらったことだけではない。力の差を見せられて、逆らうのも愚かだと思えてしまっている。勇者には嫌悪したが、おっさんは力の見せ方がわかっている。子供たちを助ける行為で、力を見せて従っていれば”救われる”という空気感を醸し出している。
「まずは、食事だな。王都にはいけないからな・・・。しょうがない。呼ぶか?」
「呼ぶ?」
「バステトさん。朱里に、”誰でもいいから食料と大きめの籠を持って、一人が来てくれるよう”にお願いして」
”にゃ!”
「ふぅ。先に仕事のことを伝える」
「うん」
「森に詳しい者は?」
「森?」
「そうだ。この森の中に、なだらかな丘の様になっている場所があると思う。知らないか?」
おっさんの問いかけに、兎耳を持つ女の子が手を上げる。
「知っているのか?」
「うん。おじじが、”絶対に近づくな”って・・・。でも、カールがどうしても・・・。あっカールは、村に居た男の子で、悪ガキで、私は反対したのに・・・」
「うん。そうか、それで?」
「うん。おじじがダメだって言っていた場所には、大きな山のようになっていて、草がなにも生えていない、大きな岩があって、近づこうとしても近づけなくて、怖くなって・・・」
「そうか・・・。その岩は、同じような形を積み上げたような形をしていたのか?」
「うーん。あっ!そうです。こんな形の岩が張り付けてあるようでした」
兎耳の女の子が地面に書いたのは、おっさんが求めていた答えだ。
「場所はわかる?」
「わかるけど・・・。村は、勇者たちが・・・」
「そうか、つらいことを思い出させてしまったな」
「ううん」
「どっちの方向かわかるか?」
「うん。あっち!」
女の子が指さした方角には、何もない。
おっさんが求める場所なら、見えると思っていた。
「そうか・・・。バステトさん。何か、感じますか?」
”にゃにゃにゃぁ”
「”居る”のは間違いないけど、幻惑を使っている?」
”にゃ!”
「つながりませんか?」
”にゃぁ”
「無理ですか・・・。近づかないとダメですか?」
”にゃにゃ”
「そうですか」
「おっちゃん?」
「あぁそうですね。目的の場所が思っていた以上に早く分かったので、別の仕事を頼みたいですけどいいですか?」
「うん?」
「君たちと同じように、逃げている子供が居ると思うのですが、集められますか?」
「え?」
「あと、これから来る人たちと一緒に、大人たちも紹介してほしい。君たちが生きてこられたのは、助けてくれた大人たちが居たのだろう?」
「あっ・・・。うん。でも・・・」
「大丈夫ですよ」
「え?」
「皆を助けるなんて偉そうなことは言いません。君たちを助けた大人に迷惑がかからないように交渉したいと考えているだけです。いきなり、君たちが消えたら、その大人が心配するでしょ?」
「・・・。うん。姉ちゃんは・・・」
上空から風が舞い降りてきた。
おっさんが待っていた者たちが到着したようだ。
「はぁなんで、代表が来るのですか?」
一人でいいと言ったのに、予想通りに大人数でやってきた。
正確には、種族で一人ずつだ。
竜の背中から飛び降りて、おっさんの前でひざまずく。
状況に付いてこられない子供たちは、息を殺して成り行きを見守っている。
「一人だと聞いたからな。代表が来るのは妥当だろう?」
代表で、ドワーフのゲラルトがおっさんの質問に答える。
曲解しているのは、おっさんの前に来ている種族の代表もわかっている。もともと一人だけ呼びつければどうなるのか、おっさんにもわかっていた。そして、竜の背中にある大きな籠の中から様子を伺っている者がいるのもわかっている。
「まぁいいです。オイゲンは、追加で籠を作ってください。揺れないようにしてください。バステトさんのスキルで危険な状態からは回復していますが、まだ動かすのは危ない子も居ます」
「わかった」
「アンレーネは、後ろに隠れているカリンと協力して、子供たちの治療と食事の用意をお願いします。胃に負担がかからない食事をお願いします」
「えへへ。わかった。おかゆでいい?」
「重湯でお願いします。干し肉があれば、細かく刻んで入れてください。あとは、任せます。大丈夫そうなら、果物も出してあげてください」
「わかった。まーさん!」
「わかりました」
「カリン。アキやイザークたちは大丈夫ですか?」
「うん。今は、イリーナが文字の読み書きを教えている」
「そうですか・・・」
「うん!」
カリンは嬉しそうにウィンディーネのアンレーネの手を引っ張って食事の準備を始める。もちろん、朱里も一緒に来ている。
バステトから状況の説明を受けていたので、野営ができる装備は持ってきていた。
「エミリーエには、子供たちと一緒に周りにいる者たちを回ってください。乱暴な者たちは、無力化してください。殺さなければ、何をしても大丈夫です。バステトさんが治してくれます」
「わかったわ。どの子と一緒にいけばいい?主様の目的は?」
「そうだな。この男の子と他には・・・。任せますよ。目的ですか?この森の解放ですね」
「・・・。解放?そうですね。解放ですね。それに、ゴミの様な連中を駆逐すれば・・・。主様?いいのですか?」
「大丈夫ですよ。帝国が、この森を駆逐すれば、それで終わりです。カリンから聞いている彼らなら、やるでしょうね」
「御心のままに」
残ったのは、ドワーフのゲラルトだ。
「ゲラルトには、一緒に来てもらう。そうだ、カリン。朱里を連れて行っていいか?」
「あっ!うん。朱里。まーさんのサポートをお願い」
朱里が、おっさんの肩に止まる。
反対側の肩には、バステトが飛び乗っている。
「さて、玄武を起こすか!」
敵対してくるか、味方に引き込めるか?
わからない存在だが、玄武が眠っている状態では、森の解放は不可能だ。
おっさんの目的は、玄武を移動させて帝国の王都近くにある森を安全な森にすることだ。安全で、魔物がポップしない森にしてしまうことで、王都を一時的に助けることになったとしても、早ければ半年くらいで問題が露呈することになると考えている。