おっさんとイーリスが、代官の屋敷から出て、宿に向かっている。
「まー様?」
「ん?どうした?対ダストンは、納得したよな?」
「はい。辺境伯様が裏切るとか、非現実的な点を除けば、納得できる内容でした」
「非現実的か・・・。まぁいいよ。それで?」
「まー様は、これから、どうされるのですか?」
イーリスの質問を、おっさんは当然だと受け止めている。イーリスは、帝国の人間だ。今の体制には不満もあるだろうし、問題だという考えは持っていても、権力側の人間で、辺境伯という協力者を持っている。そんなイーリスが恐れるのは、おっさんとカリンが敵側に寝返ることだ。これは、現状では考えにくいために、考えからは除外している。しかし、おっさんとカリンが”帝国”の敵になる可能性は除外できていない。
イーリスの考えでは、日本という物質的に豊かな場所から、誘拐されてきた”おっさんとカリン”が帝国に従う必要はないと思えている。そのうえで、帝国に対して含むところがあっても、当然だと考えている。
この考えは、カリンと一緒に”初代”の日記を訳している時に強く感じた。イーリスは、カリンが言ったセリフを忘れられないでいた。
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「へぇ初代も同じ・・・」
「え?」
「ん?何でもない。次は、ね」
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二人で作業をしてい時に、カリンが訳した文章だ。そして、初代の日記にでは、召喚を”誘拐”と表現している部分が存在している。
その後に、他国の女性を娶るまで、召喚を恨んでいる言葉が日記にも書かれていた。表現こそ違うが、”初代も同じ”と言ったカリンの表情は、”誘拐”と考えたのが”同じ”だと物語っていた。
カリンも、イーリスからの問いかけに慌てて、話題を変えていたから、イーリスや辺境伯に悪い感情は持っていないだろう。しかし、それが”帝国”という組織になった時には・・・。イーリスが感じているのは、”帰属意識”は皆無だということだ。今は、イーリスや辺境伯という”味方”になってくれている人が居る。そのうえで、信頼を寄せ始めている---もしかしたら、違う感情も---おっさんが、イーリスと辺境伯に敬意を示しているから、カリンも従っている。
どちらが先なのか解らないけど、イーリスはカリンを繋ぎとめるには、おっさんを繋ぎとめる必要があると考えている。
それこそ、自分がおっさんに嫁いでもいいとさえも思っている。そして、カリンと一緒におっさんを支えればいいと考えているのだが、それが大きな間違いであると、初代の日記に”とある”記述を発見するまで、気が付かなかった。
「これからか・・・。まずは、カリンと合流かな?」
「え?宿に行けば、カリン様との合流は叶いますよね?」
「イーリス。本当に、そう思うか?」
「え?はい」
「それじゃ賭けるか?俺は、カリンは、宿を抜け出していると思うぞ。そうだな。バステトさんを連れて、街の散策をしているだろう。言い訳としては、俺が王都でやっていたから、辺境伯の領都なら安全だと思った。かな?」
「え?そんな、護衛も・・・」
「護衛かぁ・・・。そうだな。イーリス。辺境伯から、護衛に出された命令は?」
「私たちを領都に届ける事と、領都での護衛ですよね?」
「そうだな。間違いではないが、正確じゃないな」
「??」
「イーリス。まぁ命令書は、手元にないだろうけど、辺境伯が護衛に命令する時に一緒に居たよな?」
「はい。護衛との顔つなぎもありますし、まー様もカリン様も同席されました」
「そうだ。そこで、辺境伯は”イーリスを”護衛して領都に向かえ、領都に到着後は”イーリスの命”に従え。と、命令した」
「はい。だから・・・。え?」
「護衛は、イーリスを領都に届けて、次の命令が出されていないと判断した。カリンは、イーリスのおまけ程度に思っているだろうね」
「あっ・・・。でも」
「イーリス。命令で動く者は、命令以上の動きはしない。間違えてはいけない。彼等は、金銭で繋がった関係だ。金銭は命令に繋がる。従って、命令以上のことはしない。してはダメだ」
「そんな・・・」
「そうだな。彼等は、移動中にカリンの護衛をしてくれた」
「はい。そうです」
「そうだな。でも、それは、イーリスから”お願い”されたことや、領都までイーリスの不興を買いたくないからで、カリンを護衛するのが目的ではない」
イーリスは、おっさんの言葉を否定できなくなってしまった。
これは、おっさんとイーリスの価値観の違いではなく、経験の違いだ。常に人を使う立場の人間には、解らない事だ。
イーリスとおっさんを乗せた馬車は、答え合わせをするかのように、宿屋に到着した。
馬車から宿屋に先ぶれが走っているので、到着と同時に護衛が宿の外に出てきて、馬車の御者を引き継いだ。
有能な、確かに、有能な”護衛”だ。
だからこそ、おっさんは確信していた。カリンが抜け出しても、何も思わない。調べても居ない。
イーリスは、護衛たちが揃っているのに、おっさんの”勝ち”を確信した。
「はぁ・・・。まー様の言っていた通りですね」
「そうだな。あとは、カリンがおとなしく部屋に居てくれる事を祈ろう」
おっさんとカリンのセリフを聞いても、護衛たちは何を言っているのか理解ができない。と、いう表情をしている。
「イーリスは、辺境伯への報告があるのだろう?」
おっさんのブラフだけど、イーリスは突然、これからの行動をあてられて、動揺してしまった。しかし、一瞬だけ表情を崩しただけなので、おっさんには知られていないと考えた。
「え?あっ。報告は、ないのですが、疲れたので休ませてもらいます」
知られても困らないのだが、イーリスはなんとなくごまかしてしまった。
ごまかした事で、おっさんの考えが正しいと認めてしまった。
「あぁ俺は、カリンを待つよ」
「そうですか、わかりました。それでは、まー様。食事までに、カリン様が帰られましたら、ご一緒いたしましょう」
「わかった」
おっさんは、店主に声をかけて、外が見える場所で、待機していても邪魔にならない場所を教えてもらった。
辺境伯は、宿を数日前から借り切っていた。店主は、おっさんを通りに面した部屋に案内した。
おっさんは、宿泊する部屋も、この部屋にして欲しいと店主に頼んだ。
それから、日が傾く寸前まで、おっさんは部屋で通りを見ながら待っていた。
日が傾く時間になって、さすがに心配になってきた。
宿の中に、カリンが居ないのは、すぐにイーリスが確認して、おっさんに報告してきた。そして、護衛たちが、おっさんの推測通りにカリンは護衛対象外だと思っていたことなどが告げられた。
おっさんは、解っていたことだし、カリンも感じていただろうと告げるに留めて、イーリスに、護衛たちを責めるようなことを絶対にしないように伝えた。イーリスから責められると、護衛たちが”イーリスの命令”を深く考えるようになってしまうためだ。今後のことを考えると、護衛は命令に準じて動く駒の方がありがたい。
自律的に動く部下というのは、最高の部下だと言っているビジネス書があるが、組織によっては、それは最悪な部下になる。おっさんは、いろいろな組織との付き合いがあり、いろいろな”部下”と接してきている。自律的に動くことで、組織が崩壊した事象にも立ち会っている。だからこそ、予測ができる”部下”はありがたいと考えている。
カリンが、宿に戻ってきたのは、食事の時間ギリギリだ。
おっさんは、カリンの姿を見たわけではなく、パステトの気配を感じて、カリンが帰ってきたと察した。
そして、宿の入口に移動して、にこやかな表情でカリンを出迎えた。
おっさんの表情は、営業にでる時の笑顔だ。
カリンには、怒っているのに必死に表情を笑顔にしている人に見えた。
おっさんは、怒っているわけではない。心配していたのを、カリンに知られないようにしたくて、無理な笑顔を作って出迎えた。