”陛下!まずは、勇者様たちのご確認をしなければなりません”

”そうであった。宰相!”

”はっ”

”貴様に任せる。良きに計らえ”

 おっさんと女子高校生は、耳を澄ませて外から聞こえてくる言葉を聞いていた。

 おっさんは、女子高校生と魔法陣の中央に居る5人に向けて”シィー”と口の閉じるように指示を出す、男子高校生が不満げになにか言おうとしたが側に居た女子高校生に諭されていた。

”あぁ儂はアルシェ帝国の偉大なる宰相閣下である。エステバン・ブーリエだ。ブーリエ閣下と呼ぶように!”

(ブーリエ・・・。ブタだ。確定だな。ダメな召喚と考えていいだろう)

 魔法陣の中からは、外側の様子がはっきりと見えている。

(外からは、中の様子が見えていないようだ)

 おっさんは、女子高校生に話しかける。意見を聞きたいと思った。

「どう思う?」

「外からは、見えていないのでは?声も聞こえていないかも状態だと思います。あと、確実にダメな方ですね」

 おっさんの曖昧な質問に、意図を理解して、おっさんが望む答えを返した。おっさんは、女子高校生の評価を一段上げた。

 女子高校生も同じように感じていたようだ。
 小声と言っても普通に話している状況でブーリエには聞こえている様子はない。

 かなり相談がしやすくなったと考えたが、魔法陣の光が消える前に情報を引き出せるだけ引き出したいと考えた。

”言葉は通じているのだな”

”はい。宰相閣下。残された資料によりますと、召喚された勇者は言葉が話せるようになっていると記述があります。魔法陣が消えるまで話が出来ないのかもしれません”

「確定だな」

「はい。小声なら聞こえないようですね」

「よし、少し交渉しよう。頼むね」

「はい」

『あぁ・・・。あぁ・・・。アルシェ帝国の偉大なる宰相閣下。聡明で素晴らしいブーリエ閣下。言葉はわかります。ただ、私以外の者は意識がはっきりしていないようです』

 おっさんは少しだけ揶揄するつもりでブーリエの名乗りを使った。
 女子高校生は意図したことがわかったのか、”ぷっ”と吹き出していた。男子高校生たちは”宰相ってどのくらい偉い?総理大臣くらいか?”とか必要のない情報に食いついていた。

 おっさんは、自分だけが話ができると思い込ませた。

”お!!勇者よ。ブーリエは儂だ。話はできるのだな”

『はい。なんとか意味はわかります』

”よし。よし。陛下!成功です!”

”ブーリエ。まだわからぬ。初代様のときにも、勇者だけではなく、無能者も召喚されてしまっている。勇者以外が召喚されたら失敗だぞ!”

”はい。心得ております。勇者よ。陛下の声は届いておるな?”

『いえ、聞こえるのは、ブーリエ閣下のお声だけです』

 ばっちり聞こえているがあえてブーリエの声しか聞こえないと登場人物を増やさないで話をする方法に持ち込んだ。

”なに!そうなのか?”

『はい。ブーリエ閣下のお声も小さく集中しないと、偉大なるブーリエ閣下のお声が聞こえません。出来るだけ、ゆっくりと大きなお声で話していただけると幸いです』

 これももちろん嘘である。
 こうすることで、勇者に聞かれたくないことや陛下と呼ばれた者からの指示をおっさんたちに聞こえるかもしれないと考えたのだ。

”宰相閣下。勇者様は召喚時に鑑定と生活魔法を習得しているはずです。それで、ご自分で鑑定をして頂いてジョブをご確認いただければどうでしょうか?鑑定カードを取りに行かせていますが、その前に確認できると考えます”

”そうか・・・。陛下?”

”必要ない。鑑定カードがあればジョブもスキルも称号もわかる”

”しかし、陛下”

”なんだ?”

”隠蔽や偽装スキルで隠されてしまったら?”

”勇者を隠す必要はない。勇者や賢者なら手厚く保護し名誉も金も好きにできるのだぞ?それに、貴重なジョブやスキルを持っているのなら、勇者の手助けにもなろう。巻き込まれた奴は、巻き込まれた一般人の称号がつくのだよな?”

”はっ”

”さすがは陛下!聡明なる陛下のお考え、このブーリエ、感服いたします。宰相であるブーリエ、己の浅慮を恥じ入るばかりです”

 おっさんと女子高校生にはこの情報だけで十分だった。

 ブーリエと陛下(笑い)のやり取りは、おっさんと女子高校生に己を偽る時間を与えたのだ。

 魔法陣の光が徐々に薄くなっていく。
 魔法陣の周りには、8人の男女が倒れている。勇者召喚を行った第二皇女と第三皇子と宮廷魔術師6名だ。魔力を使い果たして気を失っているのだ。

「おぉぉぉぉ!!」

「成功なのか?」

 皇帝が椅子から立ち上がるように一歩前に踏み出す。皇后が制したので立ち上がることはなかった。

「失礼。ブーリエ閣下は・・・」

 おっさんはわかっていながら皇帝の方に向けてブーリエ閣下と呼ぶ。失礼にあたる行為だが最初だから許される行為でもある。

「無礼者!儂などと皇帝陛下を混同するな。そして、儂がアルシェ帝国の宰相であるブーリエだ」

 おっさんは、少しだけ慌てた様子を見せてから、仰々しく頭をさげた。

「皇帝陛下だと知らずに失礼致しました。ブーリエ閣下。ありがとうございます。私たちの世界には、平民しかおらず偉大なる血筋の方々と接する機会がございませんでした。ご不快な思いをおかけいたしました。ご容赦ください」

 勇者候補が頭をさげたことから気分を良くしたブーリエが皇帝にとりなしを行う。

「ブーリエに任せる」

「はっ」

「寛大なお言葉ありがとうございます」

 おっさんは、皇帝に改めて頭を下げる。
 頭を上げてからブーリエを正面から見据えるように立ち。

「それでブーリエ閣下。私たちはどうなるのでしょうか?」

 言葉を切ってからおっさんはブーリエや周りに居る連中を鑑定する。
 鑑定持ちが一人も居ないことが判明する。

(なるほどな)

「ブーリエ閣下!?」

「おっそうだな。まずは、勇者なのか判定したい」

「それで、勇者以外は元いた場所に帰していただけるのですよね?」

「え?」

 明らかに慌てだすブーリエ。

(根は善人なのかもしれないな・・・。でも、宰相の器じゃないな)

「ブーリエ閣下。どうなのですか?」

「うるさい。うるさい。おい!」

(顔を伏せたのが二人。一人は魔術師だ。宮廷魔術師の弟子か助手なのか?もうひとりは侍女のようだ。他はブーリエの反応が当たり前だという感じだな)

 ブーリエの後ろに控えていて、おっさんのセリフで慌てた宮廷魔道士がブーリエになにかを差し出す。

「うるせいよ!おっさん!」

 さっきまで仲間だけで固まって震えていた男子高校生の一人が勢いよく立ち上がって、おっさんとブーリエの話に割り込んできた。

剣崎(けんざき)くん?」

「あぁ!?俺のことは、剣崎(けんざき)様と呼べと言っただろう。お前みたいな孤児が俺のような選ばれた人間を”くん”付するな!!それに、俺と悠椰(ゆうや)下久(しもひさ)伴田(ばんだ)埜尻(のりじ)が勇者で、そこの二人は・・・プッププ。ジョブもなければスキルもそれだけなのか!クズだな!」

 剣崎と呼ばれた男子高校生は一気に言い切った。
 それを聞いたブーリエは、今まで交渉姿勢が嘘のように、おっさんを払い除けて中央の高校生のところに歩み寄った。

「勇者なのか?」

「あぁ俺たちが勇者だ!魔王を倒せばいいのか?!俺に、俺たちに任せろ!そこのおっさんやクズとかは違うぞ!」

「おぉぉ!さすがは勇者!それでは!」

「なんだ!」

「勇者様。これを!」

 ブーリエの後ろから宮廷魔術師がカードを剣崎たちに手渡す。

(ツンツン)

(ん?)

 おっさんの服を女子高校生が引っ張るのがわかった。おっさんは、疲れたふりをして女子高校生の前に座り込む。

「(あのカード)」

「(鑑定カードと出ているぞ?)」

「(後で説明しますが触らないようにしてください)」

「(わかった)」

 おっさんは、女子高校生からの了承の意を伝えた。

 ブーリエが勇者たちを陛下の近くまで連れて行く。おっさんと女子高校生を見るが”勇者”の方が大事なのだろう。
 高校生たちは宮廷魔術師が差し出したカードを持って、疑うことなく魔力を流す。

 カードには、高校生たちのジョブや称号やスキルが表示される。

剣崎(けんざき)凱斗(かいと)
ジョブ
 勇者
称号
 なし
スキル
 聖剣
 加速(1/10)
 盾術(1/10)
 魔術
  火(1/10)
 鑑定(1/10)
 生活魔法

狩塚(かりつか)悠椰(ゆうや)
ジョブ
 勇者
称号
 なし
スキル
 聖盾
 強固(1/10)
 剣杖術(1/10)
 魔術
  土(1/10)
 鑑定(1/10)
 生活魔法

下久(しもひさ)来海(くるみ)
ジョブ
 勇者
称号
 なし
スキル
 聖弓
 遠見(1/10)
 杖術(1/10)
 魔術
  風(1/10)
 鑑定(1/10)
 生活魔法

伴田(ばんだ)南那(なな)
ジョブ
 勇者
称号
 なし
スキル
 聖槍
 跳躍(1/10)
 斧術(1/10)
 魔術
  水(1/10)
 鑑定(1/10)
 生活魔法

埜尻(のりじ)玲羅(れいら)
ジョブ
 勇者
称号
 なし
スキル
 聖杖
 詠唱(1/10)
 魔術
  火(1/10)
  水(1/10)
  風(1/10)
  土(1/10)
 複合魔術(1/10)
 鑑定(1/10)
 生活魔法

 カードに表示された内容を勇者たち(笑)が自慢げに読み上げて、皇帝や皇后やブーリエが驚きの声を上げている。
 皇帝がわざとらしく鑑定カードを確認したいと言って、ブーリエが一人一人勇者を皇帝に近づけて、カードを手渡すように誘導する。

「あのぉ・・・。偉大なる宰相閣下であるブーリエ様。私と彼女は勇者ではないですし、戦闘に必要なスキルもないようです。帰していただけますか?」

「あぁ?なんだ!?」

 いきなり態度が変わるブーリエにおっさんは少しだけ残念な気持ちになる。

(宰相がこれではこの国はもう終わっている可能性があるな)