「フォミル殿。お願いがありますがいいですか?」

 辺境伯は、まーさんを真っ直ぐに見つめる。

「なんだ?」

「まず、俺たち・・・。カリンと二人で、思いつく限り、前の世界に合った料理やどこぞの貴人が言っている物を再現する」

「ほ、本当か?!それは・・・」

 まーさんが、手を上げて興奮した辺境伯を手で制する。

「フォルミ殿。全て、お渡しします。使い方や特許で条件を付けさせてください」

「解っている。まーさんたちに不利益にならないようにする」

「それもあるのですが、材料の調達をお願いしたい。それと・・・」

 まーさんが辺境伯にお願いしたのは意外なことだ。

「まーさん。本気か?」

「あぁ自然な形で、”とある貴人”を囲みたがっている。そうだな・・・。できるだけクズな貴族に流れるようにして欲しい」

「・・・。理由を教えてもらえないか?」

「そうだな。”とある貴人”が欲しがっている物を、クズな貴族が入手した場合はどうなる?」

「そうですな。入手先を調べるでしょう」

「特許を調べたりはしないのか?」

「あっ!?まーさん。それは難しいと思います」

「そうなのか?物が手元にあるのなら、それを持って、神殿に行けば、”可否”で判断できるのではないか?」

「それが、”登録”としか判定されないのです」

「似た物を作っても同じなのか?」

「はい。権利者が、似た物を持っていって、判定依頼を行えば、権利を侵害しているのかわかります」

「ふーん。それは、面白いな・・・」

「え?」

 辺境伯は、”なぜ”まーさんが”面白い”と行ったのか理解ができない。
 判定が面倒なのと、権利を侵害されたほうが、証明しなければならないのは、面倒だと考えている。

「フォルミ殿。先程、侵害しているときには、15割までと言っていたが、金銭が発生しないような場合にはどうなる?」

「え?」

「例えば、クズな貴族が、”とある貴人”にポテチを進呈したことで、貴族が”とある貴人”を囲い込むことに成功したとして、その場合の賠償はどうなる?」

「あっ!」

 まーさんに、具体的な事例を言われて、辺境伯はまーさんの狙いが、金銭ではないと把握した。

「どうだ?」

「その場合には、権利者から要求すると思います」

「そうだよな。それなら、金銭よりも得難い物が得られるな」

 まーさんは、テーブルの上に並んでいる料理を摘みながら、蒸留酒を呷る。まだ熟成が足りない。味も香りも喉越しも、全ての項目で満足できない。しかし、まずいエールを飲むよりはマシだと思って、呷っている。アルコールの限界値は認識している。そもそも、酒精が強くなったと言っても、まだまだ弱い。味が無いから、果実と混ぜることで調整している。

 まーさんは、辺境伯に”とある貴人”が欲している物を渡すときには、できるだけクズで矮小で欲に忠実で、邪魔な貴族に流すように依頼した。

「まーさん。理由を聞いていいか?」

「そうですね。辺境伯に売れる”恩”を売っておくと後々楽ができると考えているから・・・。では、どうですか?」

「クッククク。わかった、今はその返事を受け取っておく」

「ありがとうございます。そう言えば、”とある貴人”が求めている物は他にもありますよね?」

「まとめて、ロッセルに渡そう」

「ありがとうございます。必要な材料もあると思いますので、まとめておきます」

「わかった」

 まーさんは、奥の手はまだ隠した状態だ。自分のスキルは、”生活魔法のウォッシュ”しか使えないと、ロッセルにもイーリスにも伝えている。隠蔽や偽装で誤魔化しているのだろうとは思われているが、隠す真意がわからないために、誰も聞いては来ない。

「そうだ。フォルミ殿。錬成に詳しいまともな人は居ないか?」

「錬成?また、マニアックなスキルですね。探しては見ます。まーさんが使えるのですか?」

 辺境伯は、探りを入れるような視線でまーさんに質問をする。まーさんも、予想していた質問なので、慌てることがなく質問に答える。

「いや、カリンが使える。それに、言葉の意味を考えれば、魔法陣を使って物質を変異させたりするのだろう?」

「えぇそうです。あ!もしかしたら・・・」

「どうした?」

「まーさん。鉄鉱石から・・・」

「あぁ物質の分離も、錬成でできるのか?」

「やはり!もしかして、まーさんたちは、鉄が赤くなる原因もわかるのですか?」

「錆のことを言っているのか?だったら、酸化が原因の一つだな」

「やはり・・・。まーさんたちは、錬成に必要な知識を持っているのですね」

「どうだろう・・・。全ての素材がわかるわけじゃないからな」

「それでも、不遇スキルと言われている、錬成が使えるようになるだけでもありがたい」

「わかった。でも、それは、王都じゃ無いほうがいいのだろう?」

「・・・。まーさん。貴方は・・・。わかりました、ロッセルに言って、錬成に関する資料を集めます」

「頼む。それから、俺とカリンの身分証をもう一つ作りたい」

「なぜですか?ラインリッヒ辺境伯の紋章では不服ですか?」

「違う。違う。目立ちたくないときに使う身分証が欲しい。例えば、辺境伯と敵対している派閥の領地を通るときに、紋章がある身分証は使えないだろう?」

「・・・。消せますが?」

「消せるのは解っているけど、俺なら、空いている場所があるのを不審に思う。消していると考えて、追求する」

「・・・。そんな考えは・・・」

「そうだな。でも、考えついたからには対策を講じないと昼寝ができない」

 まーさんは、辺境伯を睨むように見つめる。辺境伯は、まーさんとカリンを取り込むために、身分証に自分の紋章を追加している。まーさんは、それが解っていながら、別の理由を告げている。紋章を消すことはできるのだが、意味が無いと言われてしまっている。それなら、他の紋章の最後にと考えたが、カードの仕組み上できないのは、辺境伯は解っている。大きく息を吐き出しながら、まーさんに目線をあわせて、承諾するしかなかった。

「わかった。用意させる」

「悪いな。紋章が入っている物は、王都で使っても問題は無いのだな?」

「王都なら大丈夫だ。でも、冒険者ギルドだけは注意してくれ、もしかしたら王家に情報が渡ってしまうかもしれない」

「そうなのか・・・。忠告はありがたく受け取る」

 ひとまず、身分証は辺境伯が用意する。まーさんは、ひとまず王都の市場で手に入る物で、再現できそうな物を作成してみる。
 3日後にもう一度、この場所で打ち合わせを行う事になった。

 蒸留器は、そのままイーリスの名前で申請を行う。諸々の手続きは、辺境伯が行うことに決まった。

 この日は、取り決めだけをして、辺境伯は部屋から出た。まーさんは、マスターの店で飲んでから帰ることにしたが、辺境伯は早く申請を行って、いろいろと試してみたくなってしまっている。辺境伯は、飲み始めるまーさんを無視する形で、店をあとにする。停めてあった馬車に乗って、王都にある屋敷に向かうように指示を出した。

 実際に、まーさんは”金”には困っていない。召喚されたあとで渡された金貨もある。それだけではなく、イーリスから協力金をもらっている。日に金貨5枚だ。カリンの分も含んでいる。カリンは、1枚だけもらって、あとはまーさんに渡している。その代わり、護衛としてバステト(大川大地)がカリンの側に日中は常に居るのだ。その他にも、まーさんが市場で大量に買い込んできている物資を使って、いろいろな物を作っているのだ。

「マスター」

「あ!まーさん。それで、どうする?」

「うーん。適当に、摘める物を作ってよ」

「まかせろ!飲み物はどうする?」

「うーん。冷やした物を、最初にもらおう。その後は、ミードを温めてくれ」

「わかった。ミードは、レモンを入れるか?」

「頼む」

 まーさんは、出された摘みを食べながら、冷えた果実酒で喉を潤した。