鼻からずり落ちてくる眼鏡を指で押し上げながら、蝋燭の灯りの下でぶ厚い『幻の秘薬事典』をめくっていたルーシーメイは、首を傾げて、にっこりと笑う。
「まにあってよかったわね、ミュゼット。固形物を先に入れるべし、ってここにもしっかり書いてあるから、やっぱり『人魚の涙』よりは、『イモリの黒焼き』のほうが先よね……ふふっ」
「うん」
 こっくりと頷いたミュゼットに、アンジェリカはずいっとつめ寄った。

「新しいの、って……もともとあったのは? いったいどうしたのよ? 他の材料と一緒に保管していたはずでしょ?」
「うん。でもルルにあげちゃった。だから今夜、また新しいのを調達してきた。ほらっ」
 ルルとはミュゼットが寮でこっそり飼っている、ふてぶてしい顔をした巨大な白猫である。

「――――――――っ!」
 我を忘れたアンジェリカがもう一度大声を上げるよりも先に、セシルは上背があることをいかし、彼女の両肩をがっちりと上から掴んだ。
 青い顔で必死に首を振る。

「落ち着いてアン……ね? ……大声出したら先生たちに気づかれちゃうよ……?」
 小声の説得がうまく耳に届いたのか、アンジェリカはふうっと大きく息をつく。
 気持ちを切り替えようとするかのように、ボリュームのある黒髪を何度も振り、ようやく固く握り締めていた拳をゆるめた。

「わかったわ……とにかくそれを先に入れましょう。それでもう何の問題もないで……」
「じゃ入れるねっ」
 苦渋に満ちたアンジェリカの言葉が全て終わるよりも先に、ミュゼットの手を離れた哀れな生き物のなれの果ては、鉄鍋の中にあっけなく落ちていった。

 ボッチャン

 ぶくぶくと不気味な泡を残して沈んでいくイモリを見つめながら、ミュゼットはぽつりと呟く。
「……ねぇ。魔法薬ってことはやっぱり、これって相手に飲ませるか、塗るかするんだよね?」

「そうね……この場合は、飲用が一般的かしら? 液体ですものね……ふふっ」
 どんな時でも微笑みを絶やさないと言われるルーシーメイの返答を受けて、ミュゼットはこくこくと何度も頷くと、炉に載せられた鉄鍋にクルリと背中を向けた。

「やっぱいい……恋なんてのはしょせん、自分の力でどうにかするもんだよね。うん」
「ミュゼット~!!」
 今度ばかりはセシルの制止もまにあわなかった。
 軽やかな足取りで調合室から出ていこうとしていたミュゼットを、間一髪で捕らえたアンジェリカは、髪をふり乱して怒り狂う。

「あなたが! あなたがどうしても欲しいって言うから! さんざん苦労して材料を集めて、ようやく調合までこぎつけたんじゃない……恋愛魔法薬!」
 がくがくと体を揺さぶられても、ミュゼットはけろっとしている。

「うん。でもあんなまずそうな物、とてもデュークには飲ませられないよ……だからやっぱりいいや。あ、欲しいんだったら使ってもいいよ? アン」
「…………!」
 顔を真っ赤にして、言葉も出せずにパクパクと口を動かすばかりのアンジェリカが、セシルは心から心配になった。