私はとりあえずデニムのポケットに玄関の鍵とスマホだけ突っ込んで追いかける。

「ちょっと待ってよ」
「ほら、早く」

 身重とは思えないほど、軽快な足取りで歩く瑠璃の隣に並ぶ。いくら質問しても彼女の答えは要領を得なかった。
 電車の線路沿いに住宅街を進むと、すぐにこぢんまりとした駅のロータリーが見えてくる。
 そのロータリーを越えると、国道沿いにいくつかの店舗が立ち並ぶ場所に出る。
 かつては市内の中心地として栄えていた商店街だったらしいけれど、今はちらほらとシャッターが下りたままになっていた。
 コンビニやスーパー、八百屋にスナック、チェーンの飲食店に学習塾。
 瑠璃はそれらをキョロキョロと見回して、一軒の店の前で足を止めた。
 以前は高齢の女性が長く洋品店を営んでいた場所で、昨年から空きテナントとして看板が出ていたところだ。
 いつの間にかリフォームされ、新しい店がオープンしたようだった。
 くすんだブルーの木枠のガラス戸の上に『Lucioles』と書かれたクリーム色の看板が出ている。
 ――るしおるす? 初めて見る単語だ。
 頭を(ひね)って考えてみても、どういう意味なのかも正しい読み方も分からない。
 家系のラーメン屋と学習塾に挟まれているのが不思議なほど、そこだけ欧風の洒落た店構えだった。
 ガラス戸の他も全面硝子張りになっているけれど、くもり硝子のせいか店内の様子を伺い見ることはできない。

「なんのお店?」
「入れば分かるよ。はい、どうぞ」

 瑠璃の行動も、この店も分からないことだらけで首を傾げる。
 そんな怪訝そうな様子を気にも留めず、瑠璃は私の背中をドアの方に押し出した。

「私はここで帰るから」
「付き合ってほしいって言ったのに、帰るの?」
「私の役目はここまで。あとは、結衣が選ぶのよ」
「選ぶって何?」
「結衣の本当の幸せ」

 彼女はきっぱりとそう言って、もう一度、私の背中を押した。
 意味が分からないし()に落ちない。でも、有無を言わせないような瑠璃の眼差しに、もうどうにでもなれという気持ちで、私はガラス戸を押し開けた。
 涼やかな金属音がして、頭上を見ると星型のベルがたくさんぶら下がったドアチャイムが揺れている。
 一歩踏み出して店内に入ると、背後で扉が勝手に閉まった。