倉木さんは照れくさそうに苦笑いして首をもんだ。
 さっきより心なしか頬が赤い。

「じゃぁさ、大晦日までに一度、俺とデートしてくれないかな?」

 突然の申し出に、私は虚をつかれた。

「えっと、それって……?」
「その時に、マフラー返してもらえればいいから。俺、ずっと、山本さんのこと気になってたんだ」

 何と返したらいいだろう。
 これじゃぁ、ほとんど告白じゃない。
 私に何もなければ、この真面目そうで穏やかな彼に好感を抱くこともあったかもしれない。
 性格だけじゃなくて、倉木さんは社内でも堅実な仕事ぶりが評価され出世コースにのっている。
 純粋に結婚と子供を望むなら、彼は好条件の相手とも言えた。
 きっと倉木さんは私にとても優しくしてくれるだろうし、女としての幸せを与えてくれるだろう。
 でも今、私が望むのは、そんなものじゃない。
 頭の中で湊人が意地悪そうな顔で「バカだな」と笑った。

「すいません。私、好きな人がいるんです」
「……そう。それは片思い?」
「はい」

 肩を落として微笑む倉木さんに、申し訳なさで胸が痛くなる。

「片思いだったら、それが実るまででもいいんだ。少しだけでもいいから、俺のこと、見てもらえないかな?」
「そんな失礼なこと、私にはできません」
「でも」

 なおも食い下がろうとする倉木さんに、私は首を振った。

「他の人が入る隙なんてないくらい、その人のことが好きなんです。片思いだとしても、彼を想うと幸せなんです」

 倉木さんが切なげに目を細めた。

「山本さんみたいな人に、そこまで惚れられるなんて幸せ者だな」
「ごめんなさい」
「いや。俺の方こそ変なこと言って、ごめん。うまくいくといいね」

 うまくなんていくはずもないから、私は曖昧(あいまい)に頷いた。
 バスは定刻より五分ほど送れてバス停に入ってきた。

「じゃぁ、また会社で。こんなことがあったからって気まずい態度なんか取らないでくれよ」
「倉木さんこそ」

 二人で苦笑し合う。
 私は倉木さんに軽く会釈して、バスに乗り込んだ。
 バス停に並んでいた老若男女を詰め込んでバスはすぐに動き出す。
 私はスマホにイヤホンを挿し込むと、湊人の好きだった曲を流した。
 胸を締め付けられるような切ない歌詞のラブバラード。
 冷えた窓ガラスに額を寄せると、小さくため息が漏れた。
 湊人を好きなだけで、こんなに幸せなのに。
 離れていても、まるで一緒にいたときのように彼を愛しているのに。
 今夜はいつもより強く、思ってしまう。
 湊人に会いたい。
 会って、強く抱きしめてほしい。
 もう会えないし、二度と会うつもりもないのに。
 湊人に会いたくて、たまらない。倉木さんのように、私に好意を現してほしい。
 もし、湊人のそばにいられたら。
 幸せだと思っている今より、きっと、ずっと、もっと。幸せなんだろうな。
 会いたいよ、湊人。