「山本さん、ちょっと待って。バス停まで送るよ」

 職場の忘年会がお開きになって、居酒屋を出たところで倉木さんが駆け寄ってきた。
 倉木さんの吐く息がふわっと白く夜気に溶けていく。

「あれ、倉木さん、二次会行かないんですか?」
「あー、うん。課長から呼ばれてるから、あとで合流するよ」

 小柄な倉木さんは私と並ぶと目線が同じくらいになる。酔っ払うと顔にでやすいらしく、柔和そうな顔が赤く染まっていた。

「だったら二次会、今から行ってください。悪いですよ。バス停なんて、すぐそこだし」
「いいのいいの。俺がそうしたいんだから。ね、すぐそこなんだし」
「……ありがとうございます」

 人の良い笑顔で言い切られてしまい、受け入れざるを得なかった。
 職場からバスで二十分ほどの少し大きめの駅。
 居酒屋の立ち並ぶ駅前の通りは、忘年会シーズンで賑わっている。
 大声で笑いあう二十代前半くらいのグループを横目に、つい湊人に似た人を探してしまう。
 もし今、ここで湊人と再会してしまったらどうなるのだろう。
 倉木さんが隣で同じ部署の先輩がどうだとか、忘年会での課長の失言がどうだとか話しているのに、つい、そんな無意味なことを考えてしまった。

 自宅方面行きのバス停に着いて時刻表を確認すると、あと十分ほどでバスがくるところだった。
 ここでいいと言っても、倉木さんは「バスが来るまで一緒にいるよ」と私の隣に並ぶ。
 アルコールのせいで頬は火照っているのに、首から下、特に指先が冷たくて痛い。
 私は身震いして、コートの(えり)をかきあわせた。
 今朝は寝坊してバタバタしていたので、いつも使っているマフラーを玄関に忘れてきてしまった。
 なんで今日に限って持ってこないかな。

「大丈夫? 寒い?」

 倉木さんが巻いていたダークグレーのマフラーをさっと取って、私に差し出した。

「よかったら使って。家に帰るまで持ってってくれていいから。あ、臭くないといいんだけど」
「そんな。大丈夫です。倉木さんが寒くなっちゃいますよ。それに明日からお休みじゃないですか。返すの年明けになっちゃいますよ」

 そんなことをしてもらう義理もないし、と思ったところで、サワコさんに桜の木の下で言われた言葉を思い出す。