六月に入ると、天気が連日ぐずついて梅雨入りが発表された。
 湊人と出会ってから、もう一年が経つ。
 彼のいない生活にも、こっちでの暮らしにも、もうすっかり慣れた。
 ダイニングテーブルでお茶を啜っていると、母がふと思い出したようにA4サイズのプリント用紙を差し出してきた。

「回覧板に入ってたの。今年の夜間開放日」

 近所の公園の夜間開放日のお知らせのチラシ。
 蛍が見られるこの公園は、毎年六月の週末の数日だけ夜間も開放されることになっている。
 ――そっか、もうそんな時期なんだ。
 湊人と一緒に見ようと約束した蛍。
 あの時、あんな風に言ってもらえて嬉しかったな。
 ……約束、果たせなかったけれど。
 母が「どうする? 久しぶりにお父さんと三人で見に行く?」なんて楽しげに話しているのに、私の胸の奥になんとも表現しがたい苦味が、じんわりと広がった。
 湊人がこんな田舎にいる想像もできなかったくせに、その約束が果たされることを現実味を帯びて願ってしまっていたことに気付く。
 私だって叶うなら、湊人と蛍、一緒に見たかったよ。
 
 昨年のようにバーベキューなんていう愉快なイベントもないまま、仕事がたてこんで慌しく夏が過ぎた。
 つい先日、湊人と出会って一年だと思った気がするのに、今度は別れてからもう一年が経とうとしていた。
 遠くに見える山並みが紅葉で赤や黄色に色づいている。
 私は久しぶりに瑠璃に会うため、駅に向かった。
 どこかから、ふわっと漂ってくる金木犀の花の甘い香り。
 切ない恋を思わせるその香りに、私の胸の奥がぎゅっと掴まれたように苦しくなった。
 においの種類は違うはずなのに、湊人の香水の香りを思い出す。
 私は意識が持っていかれそうになるのを、首を振ってやり過ごした。