暖房と冷えた外気のせいで結露をおこした窓ガラスに、細かな雪がぶつかって落ちていく。
 季節はすっかり冬になっていた。
 実家の自室から見える景色は、ここで育った時のものと何も変わらない。
 遠くに見える山並みがどんよりとした雲で(かす)んでいる。
 十代後半になると自然豊かで都心へ出るのに一時間もかかるこの街から、早く出たいとばかり思っていたのに。
 三十代の今は懐かしさと共に居心地の良さを感じている。
 最初は明との同棲と婚約破棄を経験したから、まるでバツイチで出戻ってきたような気分だった。
 それでも突然帰ってきた私のことを、暮らし慣れたこの木造の一軒家も、父も母も温かく迎えてくれた。

 先月から父親のつてで紹介してもらった衣料品メーカーの工場で契約社員として働き始めた。
 湊人と離れて四ヶ月ほどが経とうとしている。
 一方的に別れを告げ彼の前から姿を消しても、一日たりとも彼を想わない日はなかった。
 もう二度と会うこともない相手なのに、湊人が好きなバンドのアルバムが出ればどこかで彼も聴いているかななんて考えたりもした。
 美味しいものを食べたって、綺麗なものを見たって、悲しいことがあったって、全部湊人の顔が浮かぶし会いたくなった。
 明の時だって、あれだけ引きずったのだ。
 そう思うと、湊人のことを忘れられないのは当然のことのように思えたし、やっぱり彼は特別で、きっとこの先もずっと想い続けていく相手なのだろうと感じた。
 私にとって湊人との別れは決して悲しいだけのものではなかった。
 あんな人には、きっともう出会えない。
 この先の人生、湊人以上に誰かを愛することなんてない。
 離れ離れにはなってしまったけれど、彼との記憶は私を幸せな気持ちにさせたし、きっとずっとこうして彼に恋して生きていくのだろうと思う。
 私は先日買ったばかりのCDを聴きながら、湊人のことを考えていた。
 
 職場の駐車場の桜の木が満開に花を咲かせ、あっという間に散っていく。
 春は四季のなかで一番好きな季節だ。
 私は桜の下のベンチで、同じ課の事務員のサワコさんと一緒にお昼ご飯を食べていた。
 彼女は私より五つ年上で二児のお母さんだ。保育園にお子さんを預けて、フルタイムで働いている。
 新卒入社組らしいので、もうベテラン。
 私も事務職として配属されたので、入社してからずっと彼女のお世話になっていた。