「もう、本当に決めたんだね?」
「うん」

 彼女をまっすぐ見つめ返して頷くと、私は立ち上がってもう一度、深々と頭を下げた。

「ごめんね」
「顔、上げて。うちのことは気にしないでいいから。でも、やっぱり私は……」

 瑠璃に向き直ると、どこか悔しそうに唇を噛んでいる。
 そこに穏やかな表情の義信さんが戻ってきて、そっと瑠璃の肩に手を置いた。

「瑠璃ちゃん。結衣さんに幸せになってほしかった気持ちはよく分かるよ。でもきっと、結衣さんもたくさん悩んで出した答えなんだろう。分かってあげようよ」

 (さと)すように優しく語り掛ける義信さんの言葉に、瑠璃は無理やり笑って見せて頷いた。

「湊人くんとのことは、分かった。でも、私はずっと結衣の幸せを願ってる」
「ありがとう。迷惑かけて、ごめん」
「もう謝らなくていいから。落ち着いたらまた、うちの店にお茶しに来てよね」
「うん。必ず」

 瑠璃の瞳が潤んで見えるのは、きっと気のせいなんかじゃない。
 こんな風に自分のことを想ってくれる友人がいるなんて、とても幸せなことだ。
 私は彼女とハグをした。
 普段、同性の友人と抱き合うことなんて、滅多にないけれど。
 瑠璃とだけは、この先もずっと付き合っていければいいと思った。

 実家へ向かう電車の中で、何度も入力しては消してを繰り返しながら湊人へのメッセージを(つづ)った。
 決心したつもりだったのに、最後に送信ボタンをタップすることが躊躇(ためら)われる。
 私はぎゅっと唇を結んで、迷う指先を一度固く握った。
 振るえのましになった人差し指で送信ボタンをタップすると、トーク画面にメッセージが表示され送信されてしまったことが分かる。
 私は深く息を吐いて涙がこみ上げてきそうになるのを(こら)えると、流れていく車窓に目を向けた。
 青すぎる空が目に染みて、まぶたをこすった。
 
『私たち、お別れしよう。
 突然、こんなことを言ってごめんね。
 湊人と出会えて良かった。
 今日まで、こんなに幸せでいいのかな? って怖くなるくらい、幸せだったよ。
 私なんかを好きになってくれて、ありがとう。
 湊人がいてくれたから、また笑えるようになった。
 湊人がいなかったら、私、今も捨て犬のままだったかもしれない。
 でも、もう大丈夫だから。
 湊人の好きなように夢を追いかけてほしいし、きっともっと相応しい人がいるよ。
 本当にごめんね。今まで、ありがとう。
 これからの湊人の人生にたくさんの幸せが訪れることを心から祈ってる。
 元気でね』