灰色の分厚い遮光カーテンの隙間から、明け方の外の光が入ってくる。
 部屋の中に漂う暗闇が徐々に薄れ始め、すやすやと眠る湊人の顔がはっきりと見えるようになってきた。
 すっと尖った綺麗な鼻。長い睫毛(まつげ)が皮膚の薄い頬に影を落としている。
 うっすら開いて規則的な寝息を漏らしている薄い唇。
 綺麗な寝顔。
 湊人のすべてが愛おしい。
 私が湊人と同世代だったら。さゆのように胸を張って、いつまでも待つことができると言えるだろうか。
 自分の年齢が(うら)めしい。
 私だって、叶うなら湊人と同世代に生まれることを選びたかった。
 そんなことを言ってもどうにもならないのに、胸の内で駄々っ子のような自分が今にも泣き出しそうな顔で訴えかけてくる。
 こんなに。こんなに、愛しているのに。
 こんなに愛しているから、彼の邪魔になんかなりたくない。
 湊人は私が経験した十年前を、今、生きている。
 私はもう通り過ぎてしまった時間。
 あのまだ自分をどうにだってできる、何にだってなれる二十代の貴重な時間を湊人から奪ってはいけない。
 規則的に深く寝息をたてる湊人の顔を見つめていると、自然と涙が流れ落ちた。
 湊人の前では何度も泣き顔を見せてきてしまったけれど、今日は見られなくてよかったと思う。
 こんな顔の自分を覚えていてほしくない。
 離れたくない。離れられない。
 でも離れなければならない。
 湊人の夢を奪いたくない。奪ってはいけない。
 湊人は私を救うために、神様がくれた贈り物だったのかもしれない。
 私は彼の手によって、救われた。
 もう前を向けるようになった。
 また誰かを愛することができるということを教えてもらった。
 かけがえのない時間を過ごさせてもらった。
 これ以上、贅沢(ぜいたく)を言ってはいけない。
 願ってはいけない。
 嗚咽で息が苦しくなって、口元を手で覆った。
 離れたくない。
 どんなに振り払おうとしても、その想いが私の決心を(にぶ)らせる。
 こんなに愛しくて幸せで苦しくて辛い恋愛があるなんて、初めて知った。
 きっと一時でも、彼に愛してもらえたことが奇跡だったのだ。
 この思い出を胸に、生きていこう。
 湊人は私を変えてくれた。
 彼に出会えたことが、再会できたことが、きっとある種の運命だったのだと思う。
 違う形で出会いたかった。違う形の運命が良かった。
 それでも、こんなにたくさんの人間が生きるこの東京で、湊人と出会うことができたのだ。
 たった一人の湊人が、私なんかを愛してくれたのだ。
 一度でも彼の人生と私の人生が交わったのだ。
 それが運命だったなら、こうして別々の道を行くことになったとしても悪くはない。
 私は湊人に変えてもらった人生を、自分の足で歩いていこう。
 絶対に、湊人のことは忘れない。