湊人と合流して一緒に彼の部屋に帰っても、私の頭の中はさゆの言葉でいっぱいだった。
 料理をしている時も上の空になってしまい、包丁で人差し指を少し切った。
 そんな私を「抜けてんなぁ」と笑いながら、湊人が絆創膏を巻いてくれる。
 彼らしい優しさに胸がぎゅっと締め付けられる。
 二人で食事をしている間も、曖昧に相槌(あいづち)を打つことしかできない。
 さすがに私の態度を不審に思った湊人が問いかけてくる。

「今日、なんか変じゃねぇ? 何かあった」
「ううん。なんでもない」

 首を少し横に振ると、納得のいっていなさそうな顔で湊人が頭を掻いた。

「何かあれば、言えよ。結衣は落ち込む時は、とことん落ち込むタイプだろ?」
「ばれてるね」

 私は小さく笑う。
 湊人よりも人生経験だって豊富でだいぶ大人なはずなのに、簡単に見抜かれる。
 なんだか自分が情けなかった。

「そりゃそうだろ。そうじゃなきゃ、あんな路上で落っこちてないって」
「落っこちてって何よ」
「捨て犬みたいだった。でも飼い主なんていらねぇって顔してたけど」
「なにそれ。ひどい」

 ひどい例えだけど、きっと本当にそう見えたのだろうと思うと何故だかちょっと笑えた。
 そんな私を見て、湊人も喉を鳴らして笑う。
 二人で笑い合うこの瞬間が、たまらなく幸せだった。
 それなのに胸の痛みはやまなくて、切ない苦しさも増していく。
 こんなに温かくて愛おしい彼を、こんなに幸せな時間を、自ら手放すことなんてできるのだろうか。
 できることなら彼の目標を応援したいし、支えたい。
 湊人が海外に羽ばたきたいと言うなら、止めるつもりはない。
 そう思っても、結婚して子供をもつという私の女としての幸せを満たそうとした時、湊人を縛り付けることになってしまうのか。
 では、私がそれを捨ててしまったら?
 結婚も出産も子供を育てることも望まなければ。
 そんなことをしたところで、きっと湊人は私が何故そう望まないのかを考えるはずだ。
 優しい彼が私に気付かれないように夢を諦めるという可能性だって、本当にありえる。
 そうなった時、私は素直に彼と一緒にいて良かったと言えるだろうか。

「ねぇ、湊人の夢って何?」
「なんだよ、急に。色々やってみたいことはあるけど、俺のばぁちゃん、田舎でずっと床屋やってたんだよ。俺もいつかばぁちゃんみたいな、街の人の生活に根ざした店を持ちたいと思ってる」

 湊人はおばあさんのことを思い出しているのか、優しい目をしていた。

「素敵だね」
「結衣とずっと一緒にいることも、夢のひとつな」
「また、バカなこと言って」

 私の反応を楽しむように、敢えてキザなセリフを言う湊人に、私は笑った。
 ベッドの上で湊人が私をやんわりと抱いたまま先に眠ってしまうと、朝まで一睡もできず自問自答を繰り返した。