「雑誌の取材で言ってました。それだって結衣さんは見てないんですよね?どうして。私の方が、絶対、好きなのに……」
「さゆちゃん」
「湊人くん、いつか自分の店を持ってみたいとか、海外に挑戦してみたいって言ってました」

 自分の店。海外。
 一度も聞いたことのない、湊人の夢。

「結衣さん、おいくつですか?」
「……三十四だけど」
「湊人くんと十歳も違うんですね。彼はまだ二十四歳です。これから海外でも独立でも、色んな道が待ってるんです」

 湊人より若いはずのさゆがそんなことを言うのに、おかしいだなんて思わない。
 彼女の瞳は切実そうな色を帯びて、私に訴えかけてくる。

「結衣さん、失礼ですけど、年齢的にもう結婚したいんじゃないですか? 子供だって早く欲しいんじゃないですか? 三十五歳を過ぎたら、高齢出産になるんですよね?」

 私は口ごもった。ここのところ、ずっと見ないふりをしてきた私の気持ち。
 さゆの言うとおりだ。

「湊人くんから選択肢を奪わないでください。もし結衣さんと結婚したらどうなりますか? もし彼が海外に挑戦したいって言ったとき、結衣さんがどんな状況でも笑顔で送り出せますか?」
「分からないよ……」
「むしろ湊人くんなら結衣さんのことを思って、夢のことを言い出せないかもしれませんね。結衣さんのために夢を諦めることだってあるかもしれない」

 さゆの畳み掛けるような言葉が私の胸に突き刺さる。
 その頃の自分がどんな風かは想像ができないけれど、湊人が勝手に夢を諦めてしまう様子はリアルに思い浮かべることができた。
 湊人はいつだって優しい。その優しさと私の存在が、彼の首を絞めてしまう。
 私の存在はいつか、湊人の足枷(あしかせ)になるの?

「私なら、どんな湊人くんのことも応援できる。結婚だって、いつまでも待ってあげられる。結衣さんみたいに年齢で焦ったり縛ったりなんか、しない」

 彼女の色白の頬が、赤く上気している。

「本当に湊人くんのことが好きなら、身を引いてください。湊人くんを縛り付けないでください。彼の可能性を潰さないでください」

 さゆは早口にそうまくしたてて、瞳を潤ませると踵を返して逃げるように駆け出した。
 追いかける気力もなく、私はその場にただ立ち尽くしていた。
 ――私が湊人の可能性を潰す?