湊人と想いが通じ合ってからの毎日は、とても充実していた。
この二週間ほどは仕事終わりにお互いの家に泊まることが多くなっていた。
一緒に料理をしたり、映画のDVDを観たり、じゃれあったり。
なにをするのも幸せで、なにをするのも湊人となら嬉しかった。
湊人が休みの日には私の提案で水族館にも出かけた。
池袋の高層ビルの屋上にある水族館。
湊人は意外なことにディズニーのCG映画に出てくるオレンジと白の愛らしい熱帯魚を、ものめずらしそうにしげしげと眺めていた。
自分から誘っておいて、彼が魚に関心を示すことがなんだか可笑しい。
屋外に出ると、うろこ雲の浮かぶ青空を背景に、空中に張り巡らされた透明な水路のなかをすいすい泳ぐペンギンがいた。
あまりの可愛さに色めきたつ私を、湊人が笑う。
「空、飛んでるみたいだね」
「そう見えるな」
「可愛い、可愛い。本当に可愛い」
「結衣も可愛い」
ちょっと意地悪に口角を上げて、ごく自然にそんなことを言う湊人に「絶対、反応をみて面白がってるでしょ」と顔を赤くして睨むと、彼は満足げに首を振った。
そんな温かい日々が、どんどん私を臆病にしていった。
私が将来について、結婚について焦っていることを知った湊人が私から離れていくのが怖かった。
だから、自ら問題から目を背けるようにして、ただひたすらに幸せのみを享受して過ごしていた。
湊人の家に泊まるのに、彼を迎えに新宿まで出た。
彼女役というのは瑠璃の言っていた通り、私を外に連れ出す作戦だったようで、もう今は職場前まで行く必要はないと湊人に言われた。
ビルに一番近い、新宿駅の東南口、エスカレーターを降りたところで道の脇に逸れて立ち止まる。
私はぼんやりと目の前の建物に掲げられた大型ヴィジョンを見上げた。
ちょうど湊人の好きな男性ボーカルのバンドが新曲を出すとCMが流れている。
彼は新曲のことを知っているだろうか。
あとで会ったら教えてあげようなどと考えていると、人ごみの中を秋色のワンピースを着たさゆがこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
すぐに目が合って、彼女が私のそばまでやってくる。
前より少し髪色が明るくなって垢抜けた印象を覚えた。
「こんばんは」
「こんばんは。湊人くんと待ち合わせですか?」
「うん」
「そっか、まだお付き合いされてるんですね」
彼女は急に真顔になって、そう言った。
私も顔に浮かべていた愛想笑いを引っ込める。
――どうしよう、すごく心がざわざわする。
「え?」
「いいかげん、別れたらどうですか?」
どうして、この子に突然こんなこと言われないといけなのか。
開いた口が塞がらず、私はたださゆを呆然と眺めた。
私を睨みつける目からは敵意しか感じない。
「湊人くん、前に雑誌に載ったのもあって、すごく人気があるんです。美容院の外でヘッドハンティングって言うんですか? 他の店に引き抜こうと声をかけにきた人もいたりして」
「急に、なんの話?」
さゆは私の発言は無視して、淡々と言葉を続ける。
「彼、すごい努力家なの知ってますよね? 見た目だけじゃなくて、美容師としての腕も良いんです。コンテストで賞だって取ってるみたいで」
「それは分かるけど……」
「それなら、湊人くんの夢とか目標とか、聞いたことありますか?」
夢。目標。
そんなこと、湊人は私に語ったことはない。
首を横に振ると、さゆがまた私をきつく睨んで唇を噛んだ。
この二週間ほどは仕事終わりにお互いの家に泊まることが多くなっていた。
一緒に料理をしたり、映画のDVDを観たり、じゃれあったり。
なにをするのも幸せで、なにをするのも湊人となら嬉しかった。
湊人が休みの日には私の提案で水族館にも出かけた。
池袋の高層ビルの屋上にある水族館。
湊人は意外なことにディズニーのCG映画に出てくるオレンジと白の愛らしい熱帯魚を、ものめずらしそうにしげしげと眺めていた。
自分から誘っておいて、彼が魚に関心を示すことがなんだか可笑しい。
屋外に出ると、うろこ雲の浮かぶ青空を背景に、空中に張り巡らされた透明な水路のなかをすいすい泳ぐペンギンがいた。
あまりの可愛さに色めきたつ私を、湊人が笑う。
「空、飛んでるみたいだね」
「そう見えるな」
「可愛い、可愛い。本当に可愛い」
「結衣も可愛い」
ちょっと意地悪に口角を上げて、ごく自然にそんなことを言う湊人に「絶対、反応をみて面白がってるでしょ」と顔を赤くして睨むと、彼は満足げに首を振った。
そんな温かい日々が、どんどん私を臆病にしていった。
私が将来について、結婚について焦っていることを知った湊人が私から離れていくのが怖かった。
だから、自ら問題から目を背けるようにして、ただひたすらに幸せのみを享受して過ごしていた。
湊人の家に泊まるのに、彼を迎えに新宿まで出た。
彼女役というのは瑠璃の言っていた通り、私を外に連れ出す作戦だったようで、もう今は職場前まで行く必要はないと湊人に言われた。
ビルに一番近い、新宿駅の東南口、エスカレーターを降りたところで道の脇に逸れて立ち止まる。
私はぼんやりと目の前の建物に掲げられた大型ヴィジョンを見上げた。
ちょうど湊人の好きな男性ボーカルのバンドが新曲を出すとCMが流れている。
彼は新曲のことを知っているだろうか。
あとで会ったら教えてあげようなどと考えていると、人ごみの中を秋色のワンピースを着たさゆがこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
すぐに目が合って、彼女が私のそばまでやってくる。
前より少し髪色が明るくなって垢抜けた印象を覚えた。
「こんばんは」
「こんばんは。湊人くんと待ち合わせですか?」
「うん」
「そっか、まだお付き合いされてるんですね」
彼女は急に真顔になって、そう言った。
私も顔に浮かべていた愛想笑いを引っ込める。
――どうしよう、すごく心がざわざわする。
「え?」
「いいかげん、別れたらどうですか?」
どうして、この子に突然こんなこと言われないといけなのか。
開いた口が塞がらず、私はたださゆを呆然と眺めた。
私を睨みつける目からは敵意しか感じない。
「湊人くん、前に雑誌に載ったのもあって、すごく人気があるんです。美容院の外でヘッドハンティングって言うんですか? 他の店に引き抜こうと声をかけにきた人もいたりして」
「急に、なんの話?」
さゆは私の発言は無視して、淡々と言葉を続ける。
「彼、すごい努力家なの知ってますよね? 見た目だけじゃなくて、美容師としての腕も良いんです。コンテストで賞だって取ってるみたいで」
「それは分かるけど……」
「それなら、湊人くんの夢とか目標とか、聞いたことありますか?」
夢。目標。
そんなこと、湊人は私に語ったことはない。
首を横に振ると、さゆがまた私をきつく睨んで唇を噛んだ。