ケープをかけて、髪をとかす。あまり引っかかりもない細く柔らかな髪。普段からちゃんと手入れをしているのが見て取れる。
できあがりが程よくルーズになるようにトップの方からゆるく巻いて、トップの髪は内側に一度入れ込んでからほぐした。サイドは華やかに編みこみにする。
「今日は結婚式か何かですか?」
「はい、友達の結婚式なんです」
手持ち無沙汰そうに読むでもなくファッション誌をめくっている結衣に話題をふると、彼女は小さくため息をついた。
「友人代表のスピーチ、頼まれちゃって。へましないか不安です」
「そういうのしたことないんですけど、きっと緊張しますよね」
「そう。おめでたい気持ちが一番なんですけど、昨晩から食欲もでないくらい緊張しちゃって」
「頑張ってください。応援してます」
湊人の言葉に、結衣がふふっと笑い声をあげる。
「ありがとうございます」
最後はシニヨンにして、全体のバランスをとるように毛束をつまんで調整した。
あとは仕上げにスプレーを……と手を伸ばしたところで、湊人の肩を小林に強く掴まれた。
えらの張った小林の顔が意地悪くニヤついている。
「おい。あっちの席、モップで掃いといてよ」
「え? 今ですか?」
「そうだよ。今」
小林がこんな風に湊人の仕事に横槍を入れるのは珍しいことではない。
湊人はげんなりして、睨みつけたくなるのを必死で堪えた。
「でも今、お客様もいらっしゃいますし……」
「こっちは俺が代わるからさぁ」
ふたりの不穏なやりとりに、結衣は小林と湊人の顔を交互に見比べている。
「すいません、お客様。白石はまだ経験も浅くて至らない点もあると思いますんで、僕が代わらせていただきます」
湊人の気持ちが萎んでいく。結局、真面目にやったところで、これなのだ。
小林の悪意が、湊人の志を奪っていく。
二人の様子を見守っていた結衣が瞳をまたたかせた。顎に指をやり、ちょっと考える素振りを見せてから慎重に口を開く。
「もう仕上げですよね? 白石さんにここまでやって頂いて、今から変わられるのもちょっと、どうなのかなって」
その言葉を聞いた小林の作り笑いが瞬時にひきつった。
「できれば、最後まで白石さんにお願いします」
結衣がやんわり言うと、小林は湊人にしか聞えない程の小さな舌打ちをした。
――どういつうもりだ。こんな客、これまでいなかったのに。
湊人は小林の舌打ちなど耳に入らず、結衣の一挙手一投足から目が離せなくなっていた。
「そういうことでしたら、大丈夫ですよ。いやー、白石さー、ホント顔が良くて得だよな。スキルがなくたって女性の方には人気あるもんな」
「顔で言ってるんじゃありません」
小林の嫌味に心外そうな顔をする結衣の言葉に、湊人も小林も驚いて目を見張った。
「白石さんは私にどんな髪型が似合うか考えて、ここまでやってくれたんです。それを急に違う方になんて、お願いしたくありません」
「……分かりました。大変失礼しました」
小林は歪んだ薄ら笑いで謝罪すると、スタッフルームに引っ込んでいった。
恥ずかしいところを見られてしまったと思うと同時に、湊人は心底申し訳ない気持ちで結衣に頭を下げる。
「すいません。お見苦しいところをお見せしてしまいました」
「いえいえ。仕上げ、お願いします」
結衣は恐縮しきった様子で首をぶんぶん振った。
できあがりが程よくルーズになるようにトップの方からゆるく巻いて、トップの髪は内側に一度入れ込んでからほぐした。サイドは華やかに編みこみにする。
「今日は結婚式か何かですか?」
「はい、友達の結婚式なんです」
手持ち無沙汰そうに読むでもなくファッション誌をめくっている結衣に話題をふると、彼女は小さくため息をついた。
「友人代表のスピーチ、頼まれちゃって。へましないか不安です」
「そういうのしたことないんですけど、きっと緊張しますよね」
「そう。おめでたい気持ちが一番なんですけど、昨晩から食欲もでないくらい緊張しちゃって」
「頑張ってください。応援してます」
湊人の言葉に、結衣がふふっと笑い声をあげる。
「ありがとうございます」
最後はシニヨンにして、全体のバランスをとるように毛束をつまんで調整した。
あとは仕上げにスプレーを……と手を伸ばしたところで、湊人の肩を小林に強く掴まれた。
えらの張った小林の顔が意地悪くニヤついている。
「おい。あっちの席、モップで掃いといてよ」
「え? 今ですか?」
「そうだよ。今」
小林がこんな風に湊人の仕事に横槍を入れるのは珍しいことではない。
湊人はげんなりして、睨みつけたくなるのを必死で堪えた。
「でも今、お客様もいらっしゃいますし……」
「こっちは俺が代わるからさぁ」
ふたりの不穏なやりとりに、結衣は小林と湊人の顔を交互に見比べている。
「すいません、お客様。白石はまだ経験も浅くて至らない点もあると思いますんで、僕が代わらせていただきます」
湊人の気持ちが萎んでいく。結局、真面目にやったところで、これなのだ。
小林の悪意が、湊人の志を奪っていく。
二人の様子を見守っていた結衣が瞳をまたたかせた。顎に指をやり、ちょっと考える素振りを見せてから慎重に口を開く。
「もう仕上げですよね? 白石さんにここまでやって頂いて、今から変わられるのもちょっと、どうなのかなって」
その言葉を聞いた小林の作り笑いが瞬時にひきつった。
「できれば、最後まで白石さんにお願いします」
結衣がやんわり言うと、小林は湊人にしか聞えない程の小さな舌打ちをした。
――どういつうもりだ。こんな客、これまでいなかったのに。
湊人は小林の舌打ちなど耳に入らず、結衣の一挙手一投足から目が離せなくなっていた。
「そういうことでしたら、大丈夫ですよ。いやー、白石さー、ホント顔が良くて得だよな。スキルがなくたって女性の方には人気あるもんな」
「顔で言ってるんじゃありません」
小林の嫌味に心外そうな顔をする結衣の言葉に、湊人も小林も驚いて目を見張った。
「白石さんは私にどんな髪型が似合うか考えて、ここまでやってくれたんです。それを急に違う方になんて、お願いしたくありません」
「……分かりました。大変失礼しました」
小林は歪んだ薄ら笑いで謝罪すると、スタッフルームに引っ込んでいった。
恥ずかしいところを見られてしまったと思うと同時に、湊人は心底申し訳ない気持ちで結衣に頭を下げる。
「すいません。お見苦しいところをお見せしてしまいました」
「いえいえ。仕上げ、お願いします」
結衣は恐縮しきった様子で首をぶんぶん振った。