「あの、もし、よかったら白石さんにお任せしてもいいですか?」
「あー……分かりました」

 正直、気が進まなかった。
 ヘアスタイル集やネットで画像を拾ってきてもらって再現する方が気楽だからだ。
 お任せと言われるのが、正直、一番面倒くさい。
 ――だりぃ。
 また内心でそんなことを言って、重い足取りでクロークのラックから一冊、ヘアスタイル集を取ってきた。
 てきとうにパラパラとページをめくって、鏡の中で困ったように微笑む彼女と見比べる。
 ハーフアップにするか、完全にアップにするかだって、かなり雰囲気が変わる。
 そんなに堅苦しくない会に参加するんであれば、ダウンスタイルにするのもありだ。
 うーんと唸ると、彼女は恐縮しきった様子で小さく頭を下げた。

「すいません。なんか、困らせちゃって」
「あ、いえ……」
「プロの方にやってもらえば、こんな私でも綺麗にしてくれるかなって思ったんです」

 冗談めかしてはにかむと、結衣は自ら誌面を眺める。

「うーん、どれも可愛いんだけどなぁ。似合うかなぁ」

 真剣に思案しながらぶつぶつと呟く彼女を見ている内に、湊人のなかに心苦しさが生じた。
 見た目のことばかりで技術を評価されないとか、嫌がらせをされているからとか、そんなもののせいにして、客を困らせてどうする。
 彼女は湊人をプロの方と言ったが、自分は本当にプロとしてこの場に立てているだろうか。
 考えずとも、そんなことは一目瞭然(いちもくりょうぜん)だった。
 彼女には、湊人の背景なんて関係ない。
 ただ、お金を払ってセットをしてもらう。
 プロの美容師だから、自分に一番似合うヘアスタイルにしてもらいたいと願う。
 ――それなのに、俺は何て態度をとっているんだ。
 湊人は自分を叱咤(しった)して、背筋を伸ばした。

「申し訳ありませんでした。僕でよかったら、山本さんに似合うスタイルをご提案させてください」
「そんな、大丈夫ですよ」

 結衣は慌てて顔の前で両手をぶんぶん振った。
 湊人は、鏡に映る彼女を見つめた。
 卵型の輪郭に細っそりとした長い首。
 深いこげ茶の真ん丸い目と、笑うとできる笑くぼ。
 大人な女性だけれど、童顔で溌剌とした可愛らしい印象。

「ゆるく巻いて編みこみにしてアップにするのはどうですか?」
「えーっと、白石さんが似合うと思うのであれば、それでお願いします」
「きっと、お似合いになると思います。先程は失礼しました。セット、させていただきますね」

 湊人が詫びると、彼女は「いやいや、面倒くさい客ですいません」などと言う。
 そんなことを客に言わせてしまう時点で、自分は美容師失格だなと湊人は思った。