「明とは、私の人生の三分の一以上の時間を、一緒に過ごしてきたの」

 息が苦しくて、喉が詰まる。

「一番の友達だったし恋人だったし、家族だった。あまりにも長く、一緒にいすぎたみたい。どんなにひどいことをされても、どんなに最低な男でも、心の底から嫌いになんてなれない」

 湊人はただ黙って、私の話を聞いていた。
 一度、あふれ出すと止まらない。涙も、言葉も。
 子供みたいに泣きじゃくる私の背中に手を添える。その手の温もりに、胸がずきんと痛む。

「突き放したいとも思う。どの面下げてって思う。それなのに、明の顔を見たらね、久しぶりに帰った故郷みたいに、懐かしくてたまらなかったの。私、そんなに強くなれない。だって、明は私の……」
「分かった。分かったよ」

 湊人が私を強く抱きしめて、幼い子供をあやすように背中をさすってくれた。
 私もすがるように湊人にしがみつく。

「私、湊人のことが好き。こんなおばさんが、みっともないかもしれないけど、馬鹿みたいかもしれないけど、どうしようもなく好きになっちゃったの。もっと、まっさらな自分で、湊人に会いたかった。ごめん。ごめんね。こんな……」
「知ってた」

 私の耳元で湊人が呆れたように小さく笑った。

「俺は、結衣が望むなら、そいつが結衣といた時間の、何十倍も結衣のそばにいてやる。そいつの何百倍も幸せにしてやれる自信がある」

 いつもの自信家で強気な湊人らしい言葉。今はひとかけらだって、疑おうなんて思わない。
 湊人は本当に、そう思ってくれているんだ。
 まだ若くて、まだどんな選択肢だって叶えられるのに。
 何十倍もそばにいるなんて、まるで一生を捧げるプロポーズのようだ。
 これ以上の愛の告白の言葉なんて、きっとない。
 昨日までの私だったら、ただ飛び上がって喜ぶことができただろう。
 それなのに、今は。

「でも、お前がそいつのところに戻るなら、俺は止めない」

 優しい声色で、ゆっくりと、湊人はそう言った。
 どっちつかずの私に、彼は選択肢を提示してくれた。なに一つ、強制はしない。
 いつだって、どこまでも、湊人は優しくて。
 私なんかよりもずっと、大人だ。

「なんで、こんな時、毒舌じゃないのよ」

 止めどなく流れる涙が、湊人の肩口を塗らしていく。
 湊人は私が泣き疲れて眠るまで、ただそばにいてくれた。