蛍の頃に会いにきて

「ごめんね」
「なにが」
「自分から呼び出しておいて、こんなかんじで」
「結衣から会おうって言うの初めてだったもんな。いいよ、嬉しかったから」

 胸が締め付けられる。今、そんなこと、言わないで。
 湊人は笑って、出汁巻き玉子を口に放り込むと「うまい」と言った。

「嘘。焦げてるよ」
「うまいよ」

 駄目だ。堪えきれない。
 ダムが決壊したように、大粒の涙が頬を伝って流れていく。
 (あご)に到達した雫がスカートに落ちて丸い染みを作った。
 私、湊人のことが好きだ。
 たまらなく、彼のことが愛しい。
 それなのに湊人に対してこんな気持ちでいる自分が、とても汚い生き物のように思えた。
 私は湊人に対して、どこまでも失礼で、どこまでも卑怯だ。
 湊人が何も言わずに、手近にあったティッシュボックスを差し出してくれる。
 ティッシュペーパーを一枚抜き取って、涙と鼻水を拭いた。
 あっという間にぐしょぐしょに濡れて、私はまた一枚、ティッシュを引き抜く。
 話さなければならない。
 湊人に今の気持ちを。明のことを。
 たとえきついことを言われたり、離れられたとしても、それは私が招いた結果だ。
 私は自分を落ち着けるように深く息を吸って、言葉を搾り出した。

「昨日、元彼が会いにきたの」

 鼻が詰まって話しにくい。声が震えている。
 湊人の顔から笑みが消えて、鋭い目で私を見る。

「悪かったって、やり直さないかって言われて……」

 次の言葉がうまく出てこない。冷たくなった指をぎゅっと握った。
 しばらく湊人も私も沈黙が続いた。数十秒でも、おそろしく長くて重く感じる時間。
 湊人が私を見つめたまま、先に口を開いた。

「それで? 結衣はどうしたいんだ」
「どうもこうもないよ……あんな、ひどい裏切り……」

 顔を上げられない。湊人の瞳をまっすぐに見返すことができない。
 湊人がため息をついた。

「じゃぁ、何を考えてる? なんで、そんな顔してんだよ」

 彼の声は私を責めるような、怒りのような色をはらんでいる。
 出会ったあの夜、私をダサいと言ったあの声とも、全然違う。
 また涙が零れる。湊人に嫌われるのが怖い。
 はっきりと明を突き放せない自分が、弱くて未練たらしくて。
 こんな自分じゃなかったら、湊人に嫌われることもなかったかもしれないのに。