大学の講義室。隣に座った明が授業を受けている私のノートに「週末、遊園地に行かない?」と書いた時の、ぎこちない微笑み。
初デートだった遊園地の観覧車。告白してくれた時の、明の緊張した顔。
飲み会の帰り道、酔って普段は言わないような愛の言葉をストレートに言ってくれた時の横顔。
初めて、触れ合った夜の優しい眼差し。
卒業式で「一緒に住もう」と言ってくれた、照れくさそうな表情。
家のベッドで昼過ぎまで起きない明を起こそうとしたのに、布団に引きずり込まれて二人で笑いあったこと。
仕事でミスして落ち込んだとき、話を一から十まで飽きずに全部聞いて慰めてくれたこと。
一緒に過ごした十三年分の正月、バレンタイン、ホワイトデー、ゴールデンウィーク、夏休み、誕生日、クリスマス。
白いフィルターのかかったような映像で、明との思い出が蘇る。
「別れよう。このまま結婚しても、俺は結衣を幸せにできないよ」
あの日の青ざめた明の顔。
はっとして目を覚ますと両目からぼろぼろと涙が流れていた。鼻の奥がつんとする。
息苦しくて、私は鼻をすすった。
窓から朝陽が差し込んで部屋が明るい。スマホのディスプレイに浮かぶ朝の六時の数字。
妙な夢を見てしまった。
昨夜、明が会いにきたせいだろう。
せっかく、思い出さずにいられるようになっていたのに。
意識しなくとも、夢に出てこられたら防ぎようがない。
胸の中がもやもやしているけれど、これが悲しみなのか怒りなのか、悔しさなのか憎しみなのか、恋しさなのか分からなかった。
もう、ぐちゃぐちゃだ。
湊人に会いたい。
彼に会えれば、この気持ちも落ち着くような気がする。
また深い沼に落ちかけている私に、湊人は手を差し伸べてくれるだろうか。
郷里を思うような明への懐かしさに絡めとられそうになっている私を、救ってくれはしないだろうか。
それともこんな気持ちになっているどうしようもない私を、またダサいと言うだろうか。
私はスマホでメッセージアプリを開いて、湊人とのトーク画面を呼び出した。
こんなことで、湊人に連絡してもいいのかと一瞬、躊躇する。
自分に都合よく利用するようで卑怯ではないのか。
ディスプレイの上で人差し指が彷徨う。
でも、湊人に会いたい。
『おはよう。朝早くにごめん。起きてる?』
送信するのに数分を費やしたメッセージなのに、あっという間にレスポンスがあった。
『おはよ。起きてたよ。珍しいじゃん、結衣から連絡してくるなんて。どうした?』
『今日、会えないかな?』
私はまたこの短い一文も送るのに、すごく時間を要した。
今日、彼に会えなかったら、私は自分がどうなってしまうのか不安でたまらなかった。
『いいけど。じゃぁ結衣んち行っていい?』
『ありがとう。何時頃? 待ってる』
湊人から了承の返事がもらえて、ホッとした。
スマホを胸に抱いて、目を瞑る。深呼吸をすると、湊人の顔がまぶたの裏に浮かんだ。
大丈夫、私には湊人がいる。
湊人がいれば、きっと大丈夫。
私は呪文のように、何度も自分に言い聞かせた。
初デートだった遊園地の観覧車。告白してくれた時の、明の緊張した顔。
飲み会の帰り道、酔って普段は言わないような愛の言葉をストレートに言ってくれた時の横顔。
初めて、触れ合った夜の優しい眼差し。
卒業式で「一緒に住もう」と言ってくれた、照れくさそうな表情。
家のベッドで昼過ぎまで起きない明を起こそうとしたのに、布団に引きずり込まれて二人で笑いあったこと。
仕事でミスして落ち込んだとき、話を一から十まで飽きずに全部聞いて慰めてくれたこと。
一緒に過ごした十三年分の正月、バレンタイン、ホワイトデー、ゴールデンウィーク、夏休み、誕生日、クリスマス。
白いフィルターのかかったような映像で、明との思い出が蘇る。
「別れよう。このまま結婚しても、俺は結衣を幸せにできないよ」
あの日の青ざめた明の顔。
はっとして目を覚ますと両目からぼろぼろと涙が流れていた。鼻の奥がつんとする。
息苦しくて、私は鼻をすすった。
窓から朝陽が差し込んで部屋が明るい。スマホのディスプレイに浮かぶ朝の六時の数字。
妙な夢を見てしまった。
昨夜、明が会いにきたせいだろう。
せっかく、思い出さずにいられるようになっていたのに。
意識しなくとも、夢に出てこられたら防ぎようがない。
胸の中がもやもやしているけれど、これが悲しみなのか怒りなのか、悔しさなのか憎しみなのか、恋しさなのか分からなかった。
もう、ぐちゃぐちゃだ。
湊人に会いたい。
彼に会えれば、この気持ちも落ち着くような気がする。
また深い沼に落ちかけている私に、湊人は手を差し伸べてくれるだろうか。
郷里を思うような明への懐かしさに絡めとられそうになっている私を、救ってくれはしないだろうか。
それともこんな気持ちになっているどうしようもない私を、またダサいと言うだろうか。
私はスマホでメッセージアプリを開いて、湊人とのトーク画面を呼び出した。
こんなことで、湊人に連絡してもいいのかと一瞬、躊躇する。
自分に都合よく利用するようで卑怯ではないのか。
ディスプレイの上で人差し指が彷徨う。
でも、湊人に会いたい。
『おはよう。朝早くにごめん。起きてる?』
送信するのに数分を費やしたメッセージなのに、あっという間にレスポンスがあった。
『おはよ。起きてたよ。珍しいじゃん、結衣から連絡してくるなんて。どうした?』
『今日、会えないかな?』
私はまたこの短い一文も送るのに、すごく時間を要した。
今日、彼に会えなかったら、私は自分がどうなってしまうのか不安でたまらなかった。
『いいけど。じゃぁ結衣んち行っていい?』
『ありがとう。何時頃? 待ってる』
湊人から了承の返事がもらえて、ホッとした。
スマホを胸に抱いて、目を瞑る。深呼吸をすると、湊人の顔がまぶたの裏に浮かんだ。
大丈夫、私には湊人がいる。
湊人がいれば、きっと大丈夫。
私は呪文のように、何度も自分に言い聞かせた。