「やり直したいんだ。今度こそ、結衣と結婚したい」

 目じりに涙が浮かぶ。怒りの涙か、悲しみの涙か。
 唇が震えそうになるのを、下唇を噛んで堪えた。
 いくらなんでも、あまりにも馬鹿にしてる。
 私は思わず、明の頬を平手打ちした。しびれたような痛みがてのひらににじむ。
 その手首を明に掴まれて、ぐいっと引っ張られる。距離が近づいて、懐かしい明の匂いがした。
 それだけで胸がぎゅうっと苦しくなって私は手を力いっぱい振りほどく。

「自分がしたことが、どういうことか分かってるの? あのとき、明が私を捨てたんだよ?」

 あの日、明は別れを選んだというより本当に文字通り私を捨てたのだ。
 明は頬を打たれたことなんてなかったかのように動じない。

「あの時はどうかしてたんだ。少しずつ、信頼を取り戻していくから。だから、また結衣のそばにいさせてほしい」

 どうかしてた? どうかしてた?
 そんな、ありふれた一言で片付けないでほしい。
 私を捨てた理由を、そんな六文字で片付けないで。
 私がどれだけ……。

「帰って」

 あの日の気持ちを思い出す。
 胸が苦しくて、涙が勝手に零れた。

「お願いだから、帰って。早く」
「ごめん。でも、また来るから。考えておいてほしい。今度は絶対、幸せにするから」

 明は私の肩に手を置くと駅の方に向かって去っていった。
 震えが止まらなくて私は自分の体を抱きしめた。
 重たい足で部屋に帰って、電気を消したままへたりこんで嗚咽した。
 頭の中がぐしゃぐしゃだった。
 明が憎い。
 私を裏切って、簡単に捨てて。どれだけ傷ついたかも知らないで、こんな何ヶ月も経ってから、あんなことを言うなんて。
 やっと湊人のおかげでここまで立ち直れたのに。
 自分を取り戻せたのに。
 私は今またこんな風に苦しんでいる。
 それでも一番許せないのは、きっと自分自身だ。
 明の顔を見たとき、憎いとか怒りとか、決してそういう類の感情だけではなかった。
 たまらなく懐かしくて、恋しかった。
 明への信頼や女としてのプライドを踏みにじられて消えてしまいたいと思うほど苦しんだのに。許せないと思っていたのに。
 心のすみっこで、明の言葉を受け入れてしまいたいという自分が叫んでいた。
 家族であり、親友だった明に戻ってきてほしいと願う自分。
 あの居心地の良さに戻りたいと思う自分。
 そんな感情が心の中にあることが許せなかった。