「あらー、いらっしゃいませー」
瑠璃の歓声にも近い挨拶が聞こえて、私はもう手遅れになってしまったことに気付く。
「もしかして……年下君?」
「年下君?」
瑠璃がにまにましながら私に耳打ちするも、まる聞こえだったようで湊人が訝しげに首を傾げた。
――お願いだから、変なこと言わないで!
私は慌てて顔の前で手をぶんぶん振った。
「なんでもない!」
「ごめんごめん。えーっと、私、結衣の大学時代からの友人で、今は雇い主の伊藤瑠璃です」
「白石湊人です。結衣さんにはいつもお世話になってます」
湊人は余所行きの笑顔で瑠璃と自己紹介の言葉を交わしている。
湊人の苗字が白石だということを、私は初めて知った。
「結衣からうかがってます。あ、よかったらどうぞ。店開けますので」
「いいんですか? 十六時って聞いたので、待ちますよ」
「いいんです、いいんです。大事な友達の恋人を待たせるわけにはいかないじゃないですかー」
「ちょっと、瑠璃!」
笑顔でとんでもないことを口走る瑠璃に、思わず上ずった声で叫んだ。
湊人の爽やかな作り笑いが、一瞬いつもの悪戯っこな笑顔に変わる。
「残念ながら、恋人じゃないんですよ。今はまだ」
「きゃー! ちょっと、今の聞いた? 今後はそうなる予定ってこと? ねぇ、結衣!」
「……聞こえてるよ」
色めきたつ瑠璃に、私は肩を落とした。
この二人、けっこう相性がいいのかもしれない。
絶対、二人して私が困るのを面白がっている。
だから会わせたくなかったのに。
瑠璃が湊人を店内の窓際の席に通してから、私の腕を掴んでキッチンに引きずり込む。
「湊人くんっての? あの子、想像以上にイケメンじゃない!」
「う、うん」
「しかもさっきの聞いた? 今は、まだ。だって!」
「もう、やめてよ。絶対こうなると思った」
まったく似ていない湊人の声真似をしながら飛び上がらんばかりにテンションの上がっている瑠璃に、私はため息をついた。
午後の分の仕込みをしていた義信さんが呆れたような笑顔で「瑠璃ちゃん、結衣さん困ってるじゃない」とやんわり窘めてくれるけれど、まるで効果はない。
「だって、あの顔よ? あんな人、私達のまわりにいたことある? しかも差し入れまで持ってきてくれる細やかさまで兼ね備えてるのよ!」
「瑠璃! 声が大きいよ! 絶対、聞えてるから」
なんだか頭痛がしてきた気がして、私は眉間を押さえた。
勘弁してよ。
私は瑠璃が湊人の対応をしないように、先にホールに戻る。
湊人が肘をついて何かおもしろいものでも見るようにニヤついていた。
「誰が、イケメンだって?」
「さぁねえ」
やっぱり聞えてたか。
苦笑いではぐらかすと、湊人がふんと鼻を鳴らしてメニュー表のアイスコーヒーを指差した。
「アイスコーヒー」
「かしこまりました。以上でよろしいですか」
湊人が急にいかめしい表情を作って偉そうに「よろしい」と頷いた。
「なにそれ」
私は吹き出して、笑いながらカウンターに戻る。
カウンター内に置かれたサーバーからアイスコーヒーをグラスに注いでいると、瑠璃が隣に並んだ。
「結衣、湊人くんといると楽しそうじゃない」
「どこが」
「どこがって、その顔が」
「もう、からかわないでよ」
「からかってないわよ。あんなウォーキングデッドみたいな顔してた結衣が、そんな普通に笑ってるんだもん。安心した」
海外ドラマ鑑賞が趣味の彼女らしい例え。
――ウォーキングデッドって。確かにそうだったけど。
私が肩をすくめると、瑠璃が私の手からグラスを奪い取って勝手に運んでいってしまう。
「お待たせしましたー」
「ありがとうございます」
「今日はご馳走させてください。いつも結衣がお世話になってるお礼です。結衣のこと、今後ともよろしくお願いしますね」
「任せてください」
湊人が白い歯を見せて微笑む。
瑠璃が今にも叫びだしそうな顔で、私を振り返って小さく飛び上がった。
私は困り果てて、ふたりが好き勝手言い合っているのをただ眺めていた。
瑠璃の歓声にも近い挨拶が聞こえて、私はもう手遅れになってしまったことに気付く。
「もしかして……年下君?」
「年下君?」
瑠璃がにまにましながら私に耳打ちするも、まる聞こえだったようで湊人が訝しげに首を傾げた。
――お願いだから、変なこと言わないで!
私は慌てて顔の前で手をぶんぶん振った。
「なんでもない!」
「ごめんごめん。えーっと、私、結衣の大学時代からの友人で、今は雇い主の伊藤瑠璃です」
「白石湊人です。結衣さんにはいつもお世話になってます」
湊人は余所行きの笑顔で瑠璃と自己紹介の言葉を交わしている。
湊人の苗字が白石だということを、私は初めて知った。
「結衣からうかがってます。あ、よかったらどうぞ。店開けますので」
「いいんですか? 十六時って聞いたので、待ちますよ」
「いいんです、いいんです。大事な友達の恋人を待たせるわけにはいかないじゃないですかー」
「ちょっと、瑠璃!」
笑顔でとんでもないことを口走る瑠璃に、思わず上ずった声で叫んだ。
湊人の爽やかな作り笑いが、一瞬いつもの悪戯っこな笑顔に変わる。
「残念ながら、恋人じゃないんですよ。今はまだ」
「きゃー! ちょっと、今の聞いた? 今後はそうなる予定ってこと? ねぇ、結衣!」
「……聞こえてるよ」
色めきたつ瑠璃に、私は肩を落とした。
この二人、けっこう相性がいいのかもしれない。
絶対、二人して私が困るのを面白がっている。
だから会わせたくなかったのに。
瑠璃が湊人を店内の窓際の席に通してから、私の腕を掴んでキッチンに引きずり込む。
「湊人くんっての? あの子、想像以上にイケメンじゃない!」
「う、うん」
「しかもさっきの聞いた? 今は、まだ。だって!」
「もう、やめてよ。絶対こうなると思った」
まったく似ていない湊人の声真似をしながら飛び上がらんばかりにテンションの上がっている瑠璃に、私はため息をついた。
午後の分の仕込みをしていた義信さんが呆れたような笑顔で「瑠璃ちゃん、結衣さん困ってるじゃない」とやんわり窘めてくれるけれど、まるで効果はない。
「だって、あの顔よ? あんな人、私達のまわりにいたことある? しかも差し入れまで持ってきてくれる細やかさまで兼ね備えてるのよ!」
「瑠璃! 声が大きいよ! 絶対、聞えてるから」
なんだか頭痛がしてきた気がして、私は眉間を押さえた。
勘弁してよ。
私は瑠璃が湊人の対応をしないように、先にホールに戻る。
湊人が肘をついて何かおもしろいものでも見るようにニヤついていた。
「誰が、イケメンだって?」
「さぁねえ」
やっぱり聞えてたか。
苦笑いではぐらかすと、湊人がふんと鼻を鳴らしてメニュー表のアイスコーヒーを指差した。
「アイスコーヒー」
「かしこまりました。以上でよろしいですか」
湊人が急にいかめしい表情を作って偉そうに「よろしい」と頷いた。
「なにそれ」
私は吹き出して、笑いながらカウンターに戻る。
カウンター内に置かれたサーバーからアイスコーヒーをグラスに注いでいると、瑠璃が隣に並んだ。
「結衣、湊人くんといると楽しそうじゃない」
「どこが」
「どこがって、その顔が」
「もう、からかわないでよ」
「からかってないわよ。あんなウォーキングデッドみたいな顔してた結衣が、そんな普通に笑ってるんだもん。安心した」
海外ドラマ鑑賞が趣味の彼女らしい例え。
――ウォーキングデッドって。確かにそうだったけど。
私が肩をすくめると、瑠璃が私の手からグラスを奪い取って勝手に運んでいってしまう。
「お待たせしましたー」
「ありがとうございます」
「今日はご馳走させてください。いつも結衣がお世話になってるお礼です。結衣のこと、今後ともよろしくお願いしますね」
「任せてください」
湊人が白い歯を見せて微笑む。
瑠璃が今にも叫びだしそうな顔で、私を振り返って小さく飛び上がった。
私は困り果てて、ふたりが好き勝手言い合っているのをただ眺めていた。