湊人のことを考える。
 怖いから。
 裏切られて捨てられるのが怖いから、私は敢えて湊人を信じないようにしているんだ。
 もう次は立ち直れなくなるって思うから。
 さゆや他の女の子たちへの接し方を見れば、湊人が誰にでもあんなことをしているはずがないって分かるはずなのに。
 出会った夜から一度だって肉体関係を結んでいないし、お金だって払わせないのに遊びで一緒にいるわけがない。
 だから、本当は分かっている。
 湊人はメリットなんてないのに、そばにいてくれている。
 私をここまで立ち直らせてくれた。
 他にこんなことをしてくれた人なんていない。
 信じてあげないことが失礼だって、まさにその通りだ。
 でも、やっぱりまだ完全に信じて飛び込むには勇気がいる。
 私は喉の奥が苦しくなって、グラスの水を一口飲み込んだ。

 コンコンとガラス戸を軽くノックする音がした。
 営業時間を間違えたお客でも来たかな。
 そんなことを考えながら扉に近づくと、ガラスの向こうにこちらを覗いている湊人の顔が見えて私は面食らった。

「おつかれ」

 湊人が私に気付いて手を振る。私は戸惑いつつもガラス戸を開け、外に出た。

「どうしたの、急に?」
「今日休みだし様子見にきた。おー、カフェ店員っぽい。いいじゃん、それ」

 メッセージでカフェの場所を聞かれたのは、このためだったのか。
 湊人は私のつけているデニム地の腰エプロンを指差している。
 なんだか無性に照れくさい。

「これ。店のみなさんでどうぞ」
「ありがとう」

 わざわざ買ってきてくれたらしい洋菓子店の包みを受け取る。
 こういうところは相変わらず本当にしっかりしている。

「で、店やってねえの? 喉渇いたんだけど」
「月曜と水曜はランチタイムのあと一時間だけクローズするんだ。十六時には開くけど、まだ二十分もあるし、今日は帰ったら?」

 瑠璃に湊人が来ていることを知られたら何を言われるか分かったもんじゃない。店に入るなんて、もってのほかだ。

「なんでだよ。ほら、テラス席あんじゃん。俺、あそこで待ってるから」
「いやいやいや、お待たせするの悪いし」
「せっかくここまで来たんだぜ? 二十分くらい待つだろ」
「ちょっと、ね、事情もあるし」
「事情って何?」

 暖簾(のれん)に腕押しな私の態度に、だんだん苛立ってきた湊人と言い合っていると、背後でガラス戸の開く音がした。