映画はゾンビものにありがちな、町中の人間がゾンビになったり主人公が仲間とともに逃げながら生存の道を探っていくというストーリーだった。
正直、湊人が観たがっていたから何も言わなかったけれど、私はこの手の作品はそんなに好きではない。
まずゾンビがリアルでないことが多いし、街中を集団で徘徊するシーンなんかはシュールに感じてしまって全然入り込むことができない。
邦画のホラーのひっそりとそこにいるようなお化けになら恐怖を感じるけれど、ゾンビに対しては変に冷静な目で見てしまう。
もはやゾンビよりも、至近距離に湊人がいることの方が何倍もドキドキする。
作り物じみたゾンビが家の中をうろうろしているのを眺めて、意外と食欲も減らないなと思いながらポップコーンを口に運んだ。
湊人の選んだキャラメル味。
ほろ苦い甘さが美味しい。
一人で来てポップコーンを買うことなんてほとんどないから、なんだかこれも特別に感じる。
湊人にも勧めようと隣を見て、私は思わず吹き出した。
吹き出した声はそんなに大きくはなかったけれど、まわりに人がいなくてよかったとホッとする。
ゾンビが飛び出してきたことに驚いたのか、湊人が引きつった顔で座ったままのけぞっていた。
私と繋がれていない方の左手は硬く拳を握りしめている。
――もしかして、怖いの?
いつも強気で自信家な湊人が、まさかホラー映画でこんな反応をするなんて。
私は声をあげて笑ってしまいそうになるのを、なんとか堪えた。
肩が小刻みに震える。
彼はそんな私に気付いて一睨みすると、軽く咳払いをして居住まいを正した。
そこでまた主人公の前に、物陰から元は女性だったのであろう赤いワンピースのゾンビが踊りでてきて、湊人が硬直した。
目を細めながら固唾を飲んで恐怖に耐えている。
今まで湊人の色々な表情を見てきたけれど、こういう顔を見たのは初めてだ。
私は湊人の腕を人差し指でとんとんと軽く叩く。
ハッとした顔の彼に声をださずに「怖いの?」と唇を動かして見せると、あからさまにムッとして「まさか」と湊人も口を動かした。
普段とのギャップが可笑しいような可愛いような、愛しいような。
いつでも私を引っ張って、ここまで立ち直らせてくれた頼もしい彼のこんな一面に母性本能をくすぐられる。
きっとそんなこと言ったら、湊人はそれはそれは嫌そうな顔をするだろうけれど。
私は「大丈夫だよ」と言う代わりに、繋いだままの彼の手をぎゅっと強く握った。
湊人が驚いて目を丸くしている。
そういえば自分から湊人の手を強く握ったことなんて、今までなかったかもしれない。
母性本能、おそるべし。
私が微笑むと彼の見開いた目が細められ、何かを考えているようにこっちを見た。
すぐに唇の端をちょっと上げて、余裕の笑みを浮かべる。
そして、瞬きをしている間に。
湊人の顔が、すぐそこまで迫ってきて。
彼の香水の香りが濃くなる。
あの、抱き寄せられた時みたいだ、と思った時には、私の唇に湊人の唇が触れていた。
柔らかい感触と湊人の息遣いは、一瞬で離れていく。
頭がショートして、何が起きたのか分からなかった。
湊人が不敵に微笑んで、顎をしゃくって舌を出す。
見下されているような流し目に、私の心臓が弾けんばかりに激しい鼓動を刻んでいる。
一生分の鼓動を使い果たしてしまうんじゃないかと思った。
「ちょっ……!」
思わず大きな声をあげそうになると、今度は湊人が可笑しそうに肩を震わせながら口の前に「しー」と人差し指を立ててみせる。
私は叫び出しそうになるのを、掌で口元を覆ってなんとか抑えた。
キス、された。
今、湊人が、私にキスをした。間違いなく、私の唇と湊人の唇が触れ合った。
どうして、こんなこと。
湊人の考えていることは、いつだってさっぱり分からない。
混乱しているのに、唇に残った感触に胸が熱くなる。
やっぱり私、湊人のことが好きだ。
だって、こんなに。
彼の本意なんて欠片も分からないのに、口づけられたことが嬉しい。
湊人は私と反対に急に平静を取り戻したようで、ポップコーンをつまみながら感情の読み取れない瞳でスクリーンを眺めている。
――ずるい。
私だけが動揺しているみたいだ。
ゲリラ的なキスのせいで、映画の内容は全然、頭に入ってこなかった。
正直、湊人が観たがっていたから何も言わなかったけれど、私はこの手の作品はそんなに好きではない。
まずゾンビがリアルでないことが多いし、街中を集団で徘徊するシーンなんかはシュールに感じてしまって全然入り込むことができない。
邦画のホラーのひっそりとそこにいるようなお化けになら恐怖を感じるけれど、ゾンビに対しては変に冷静な目で見てしまう。
もはやゾンビよりも、至近距離に湊人がいることの方が何倍もドキドキする。
作り物じみたゾンビが家の中をうろうろしているのを眺めて、意外と食欲も減らないなと思いながらポップコーンを口に運んだ。
湊人の選んだキャラメル味。
ほろ苦い甘さが美味しい。
一人で来てポップコーンを買うことなんてほとんどないから、なんだかこれも特別に感じる。
湊人にも勧めようと隣を見て、私は思わず吹き出した。
吹き出した声はそんなに大きくはなかったけれど、まわりに人がいなくてよかったとホッとする。
ゾンビが飛び出してきたことに驚いたのか、湊人が引きつった顔で座ったままのけぞっていた。
私と繋がれていない方の左手は硬く拳を握りしめている。
――もしかして、怖いの?
いつも強気で自信家な湊人が、まさかホラー映画でこんな反応をするなんて。
私は声をあげて笑ってしまいそうになるのを、なんとか堪えた。
肩が小刻みに震える。
彼はそんな私に気付いて一睨みすると、軽く咳払いをして居住まいを正した。
そこでまた主人公の前に、物陰から元は女性だったのであろう赤いワンピースのゾンビが踊りでてきて、湊人が硬直した。
目を細めながら固唾を飲んで恐怖に耐えている。
今まで湊人の色々な表情を見てきたけれど、こういう顔を見たのは初めてだ。
私は湊人の腕を人差し指でとんとんと軽く叩く。
ハッとした顔の彼に声をださずに「怖いの?」と唇を動かして見せると、あからさまにムッとして「まさか」と湊人も口を動かした。
普段とのギャップが可笑しいような可愛いような、愛しいような。
いつでも私を引っ張って、ここまで立ち直らせてくれた頼もしい彼のこんな一面に母性本能をくすぐられる。
きっとそんなこと言ったら、湊人はそれはそれは嫌そうな顔をするだろうけれど。
私は「大丈夫だよ」と言う代わりに、繋いだままの彼の手をぎゅっと強く握った。
湊人が驚いて目を丸くしている。
そういえば自分から湊人の手を強く握ったことなんて、今までなかったかもしれない。
母性本能、おそるべし。
私が微笑むと彼の見開いた目が細められ、何かを考えているようにこっちを見た。
すぐに唇の端をちょっと上げて、余裕の笑みを浮かべる。
そして、瞬きをしている間に。
湊人の顔が、すぐそこまで迫ってきて。
彼の香水の香りが濃くなる。
あの、抱き寄せられた時みたいだ、と思った時には、私の唇に湊人の唇が触れていた。
柔らかい感触と湊人の息遣いは、一瞬で離れていく。
頭がショートして、何が起きたのか分からなかった。
湊人が不敵に微笑んで、顎をしゃくって舌を出す。
見下されているような流し目に、私の心臓が弾けんばかりに激しい鼓動を刻んでいる。
一生分の鼓動を使い果たしてしまうんじゃないかと思った。
「ちょっ……!」
思わず大きな声をあげそうになると、今度は湊人が可笑しそうに肩を震わせながら口の前に「しー」と人差し指を立ててみせる。
私は叫び出しそうになるのを、掌で口元を覆ってなんとか抑えた。
キス、された。
今、湊人が、私にキスをした。間違いなく、私の唇と湊人の唇が触れ合った。
どうして、こんなこと。
湊人の考えていることは、いつだってさっぱり分からない。
混乱しているのに、唇に残った感触に胸が熱くなる。
やっぱり私、湊人のことが好きだ。
だって、こんなに。
彼の本意なんて欠片も分からないのに、口づけられたことが嬉しい。
湊人は私と反対に急に平静を取り戻したようで、ポップコーンをつまみながら感情の読み取れない瞳でスクリーンを眺めている。
――ずるい。
私だけが動揺しているみたいだ。
ゲリラ的なキスのせいで、映画の内容は全然、頭に入ってこなかった。