暗い子供部屋のクローゼットの隙間からゾンビが顔を出して、こっちに手を伸ばしている。
 洋物のホラー映画か。

「いいけど……湊人、こういうのが好きなんだ? ちょっと意外かも」
「まぁな」

 湊人はよっぽど楽しみになったのか、ニヤニヤしながら上機嫌な様子でチケット売り場の方にどんどん歩いていってしまった。
 小走りに追いかけて、二組のカップルの後ろに並ぶ。
 上映時間まではまだ二十分あるようだから、きっと余裕で間に合うだろう。
 お腹がすいたから何か食べ物でも買おうか。
 順番がきて、湊人がさっさと端末を操作してチケットを買う。
 どこの席がいいか聞かれたけれど、特に希望もなかったので彼にお任せした。
 料金支払いの段になっても、湊人はやっぱり一円も払わせてくれなかった。
 ドリンクとフードの売り場に行っても、それは同じだ。

「チケット代、出してもらったんだから、これくらい出させてよ」
「いいから。ほら、ホットドッグ持てよ」

 財布を取り出そうとする私に、店員から受け取ったばかりのトレーを強引に押し付けて湊人がクレジットカードでお会計を済ませてしまう。
 こんな年上の私に、湊人はいつもご馳走してくれる。
 恐縮しつつも、またそれが女性として扱われているようでなんだかくすぐったかった。

 湊人が選んだのは劇場の一番端の、スクリーン正面から通路を(へだ)てた三席だけシートの並ぶエリアだった。
 私も一人で映画館に来るときは、こういう座席を選ぶことが多い。
 端を好む人がそこまでいないのか誰かが隣に座ることは少ないし、通路側の座席なら両隣のスペースが空くから他人に気兼ねしないで鑑賞できる。
 たまたまかもしれないけれど、湊人の席の選び方に勝手に親近感がわいた。
 スクリーンには次から次へと流れ続ける上映予定映画の予告編。
 あまり人気のない作品なのか、ロビーの混雑具合に反してまばらにしか客はいなかった。
 私たちはプラスチックカップのビールで小さく乾杯をして、ゾンビを見て食欲が失せてしまう前に急いでホットドッグをたいらげた。

 上映が始まる。
 暗がりで映像の光に照らされた湊人の綺麗な横顔を盗み見た。
 すっと通った鼻梁(びりょう)に、はっきりとした二重の瞳。
 何度も手を繋いだこともあれば、この前なんて抱きしめられたのに。
 映画館に一緒に来るのが初めてだからか、この距離感にすごく緊張する。
 こんなに美しい青年の隣に、こんな私がいてもいいのかとすら思う。
 それでも。
 見られていることに気付いた湊人が、横目でふっと笑って私の手を強く握る。
 それだけで。
 ああ、許されるなら、できるだけこの人の隣にいさせてください。
 そう、存在を信じたこともない神様に願った。