私たちは新宿三丁目方面にあるシネコンを目指して歩いた。
 新宿の夜の雑踏(ざっとう)を肩を並べて歩いていると、湊人と出会った日のことや、初めて恋人役として呼び出された日のことが思い出される。
 あの日、湊人は私の手をとってくれた。
 湊人と出会わなかったら、きっと私は今もふさぎ込んで、世界の全ての不幸をしょいこんだような顔をしていただろう。
 こんな風に夜気を心地よいと思うことも、また恋をすることもなかったと思う。
 だれかれ構わず身体を重ねていたときだって、湊人に対するような胸の高鳴りは一度だってなかった。

 酔っ払っているのか大騒ぎしながら早歩きで通り過ぎていくグループを脇にずれて避けると、隣を歩く湊人の腕と私の腕にかすかにぶつかる。
 それだけでまた鼓動が早くなった。
 今夜は、手を繋いではくれないのかな。
 触れ合った場所が熱を帯びて、そんな期待が胸の奥で(うず)き始める。
 もしかしたら、先日の私の態度から手を繋がないようにしているのだろうか。
 何度も湊人がとってくれた私の手が、今度は自分から彼を求めている。
 私、今、湊人に触れたいと思ってるんだ……。
 そんな自分に気付いてしまうと、いたたまれなくなった。
 どうしても年の差がネックになって、その感情を受け入れられない。

「なに、難しい顔してんだよ?」

 立ち止まった湊人に、いきなり眉間のあたりを人差し指でグリグリと押された。
 どうやら考えすぎて眉間に皺が寄っていたらしい。

「ちょっと、やめてよ」
「変な顔してるからだろ」

 私が手で顔を覆って抵抗すると、湊人が可笑しそうに笑った。
 いじめっこの男子小学生のような表情をしている。
 いきなり誰かに顔を触れられるなんて普通だったら不快なはずなのに、そんな気分にならないのはきっと惚れた相手だからなのだろう。
 変な顔と評される表情を(さら)してしまったことは恥ずかしいけれど、それで湊人が笑ってくれたことが嬉しい。

「もう、やめてってば」
「はいはい。ほら、行くぞ」

 彼は何事もなかったようにその手を差し出す。
 その姿にまた鼓動が跳ねる。
 期待していたのに、いざそうなると口から心臓が飛び出てきそうなほど緊張して、どうしようもなくときめいた。
 私は平静を装って彼の左手に手のひらをそっと重ねる。
 湊人に指を絡められ、ぎゅっと握られた。
 誰にでも、こういうことするのかな。
 私は顔色ひとつ変えずに前を向いて歩く湊人の顔を盗み見る。
 異性と手を繋ぐことなんて、湊人にとっては普通のことなのかもしれない。
 自分を特別だなんて思ってはダメ。
 あの日、夕焼けのなか私に言ってくれた言葉。
 あれがどういう意味にせよ、変に期待してはいけないと自分を戒めた。