湊人が営業用の爽やかな笑顔を私に向ける。

「お疲れ」
「お、お疲れ様」

 なんでもない挨拶ですら、どもってしまったことが情けない。
 前まで何とも思わなかった余所行きのこの笑顔にも、今はときめいてしまう。
 素の彼とは全然違うって分かっているのに。
 こんなに綺麗な顔の男の子、そうそういない。
 そんなことを思ってから、これじゃぁ湊人につきまとっている女の子たちと何も変わらないなと一瞬で落ち込む。
 湊人が一番嫌うタイプじゃない。

「これから二人でご飯ですか? さゆも一緒に行きたいなぁ」

 さゆが甘えたような声を出して上目遣いで湊人を見つめる。
 あざといとはこの子のためにあるような言葉だな。
 若い子向けのモテマニュアルに載っていそうな、ベタで分かりやすい手法。
 きっと大方の男性は計算してやっていると分かっているだろう。
 それでも若くて可愛ければ、大体アリなのだ。
 彼女の攻めの姿勢と努力は私にはないものだから、若さと積極性がなんだか眩しい。
 さゆがすごすぎて、もう一人の女の子も私も空気だ。
 それでも湊人はそれをひらりとかわす。

「すいません。今夜は二人きりで過ごしたくて」
「えー!」

 さゆはすぐさま唇をとがらせて不服そうな声をあげる。
 同時に、二人きりで過ごしたいなんて嘘の口上に、馬鹿になった私の心臓が思いっきり飛び跳ねた。私は思わず胸を押さえる。

「どうした?」
「な、なんでもない!」

 訝しげな湊人に私は慌てて首を振る。
 顔は赤くなっていないだろうか。
 この、おかしな胸の内を悟られていませんようにと、こっそり願った。

「結衣さんはいいですよね? 私が行っても。一緒にお話しましょうよぉ」

 いくらなんでも、それは逆効果だと思うよ。
 人生の先輩として、さすがに引くことも大事だと思う。なんてことは言えない。
 湊人に目だけで助けを求めると、自分で言えというように顎をしゃくられた。
 首を傾げながら私にまで上目遣いをするさゆを前に、頭を捻る。
 こういうとき、いつも正解が分からない。

「できれば、私も二人がいいかな……なんて」

 なんとか搾り出した台詞に、今度はさすがに顔がぼっと赤くなった。
 嘘でもこんな台詞を人前で言うなんて!
 湊人は彼女たちの視線が私に集まっているのをいいことに、面白がっているのかニヤニヤしていた。
 なんだか満足そうだ。これが正解だったみたい。

「そういうことなので、またお店でお待ちしてますね。今度はうちの腕利きの子にヘッドスパお願いしますんで」
「えー、湊人くん指名でお願いします!」

 突き放されても、絶対に食らいつくさゆを私も見習うべきだろうか?
 湊人はそれを微笑みであしらって一礼すると、彼女たちをその場に残して歩きだした。私も軽く会釈をして、小走りで追いかける。
 後ろの方で「湊人くん、結衣さん、今度は一緒に遊んでくださいねー!」とさゆが叫んでいる。
 金髪の女の子はさゆに圧倒されて、最後まで無言だった。
 分かるよ、私もそっち側だよ、と彼女に無駄な同情をしてしまった。