バーベキュー場のあった建物から砂浜までは歩いて十五分くらいだった。
 夕方になっても落ち着かない高い気温のせいで、飲み物の氷がどんどん溶けていく。
 私たちは繋いだ手と反対の手にカップを持って、ストローに口をつけながら歩いた。
 浜辺に近づくにつれ潮のにおいが濃くなって、打ち寄せる波の音が聞えてくる。
 ちょうど日没間近なのか、空がオレンジと紫と薄い青のグラデーションになっている。
 私は目の前に広がる夕景に息を呑んだ。
 広大な夕焼け空をバッグにレインボーブリッジや高層ビル群の黒いシルエットが並び、静かな海面が赤っぽく空の色を映している。
 今まで見た中で、一番美しい夕焼けかもしれない。
 ブルーアワー。
 今は、その単語を思い出しても胸が締め付けられることもなかった。
 それはきっと、湊人が共有してくれた時間と、今、このときにも隣に彼がいてくれるからだ。

 貝殻のように絡めた指から、意外と体温の高い湊人の温もりが伝わってくる。
 私たちの他にも海辺を散歩したり、座って語らっているカップルもいて、私はきっとみんなこの景色を綺麗だねと語り合っているに違いないと勝手な想像をした。
 湊人は早々に空になったアイスコーヒーのカップを手近なゴミ箱に捨てる。
 整備された路面から彼と一緒に砂浜に降りると、靴底がちょっと沈み込むような感覚があって、私はそろそろと歩き始めた。
 私がちょっとよろけると、ごく自然に湊人が強く手を引いて体勢を立て直させてくれる。
 そんなことですら、頼もしいなと胸が高鳴る。
 私はまた妙な思考が頭に湧き出してくる前に、暮れていく空に目を向けた。
 レインボーブリッジを流れていく車のライトの線。
 遠くの高層ビルにいくつもともる灯り。
 橙色と赤の中間のような色で、浜辺に打ち寄せる波。

「昼間の海も綺麗だったけど、夕焼けの海もすごいね」
「だな。来てよかったろ?」

 湊人の緩くパーマがかかっているような、ふわふわの髪が風に揺れている。
 彼が優しく微笑む。静かな波音とそよ風が心地良い。
 ちょっと前までは、こんなに平穏な時間が訪れるなんて思ってもいなかった。

「うん。ありがとう。誘ってくれて」

 今度は私もぎこちなくない、自然な笑みがこぼれる。
 湊人への気持ちを意識してしまうと、胸がざわざわするけれど。
 今のこの平和で穏やかな瞬間に、心が満たされていた。
 すると湊人がちょっと目を見開いて「ほら、やっぱりな」と声をあげた。
 脈略のない言葉に首をかしげると、とんでもない言葉が返ってくる。

「やっぱり、笑ってる方が綺麗だよ」

 夕陽を背景にキザな台詞をサラッと言う湊人が、テレビドラマか映画の主人公のようで。
 私の心臓が大きく跳ね上がって、彼の言葉を手放しで喜んでしまいそうになる自分が顔を出す。