「疲れてる? 酔ったか?」

 気付いた湊人が腰を折って、私を覗き込んできた。
 すぐそこに湊人のすっと通った鼻筋と澄んだ瞳があって。
 また胸の奥の方が締め付けられるように痛んで、私は慌てて目を逸らした。

「ううん、大丈夫だよ。なんだろう、食べすぎたかな」
「それならいいけど。無理すんなよ」
「ありがとう」

 いつもみたいに意地悪でも、毒舌でもいいのに。
 ――こんな時に優しいことを言われたら、余計に苦しくなるよ。
 湊人が片側の口角を上げて右手を差し出してくる。
 私はどんな気持ちでこの手を取ればいい?
 こうされるだけで、鼓動が大きくなるのに。
 私はおずおずと彼の大きな手のひらに自分の手のひらを重ねた。
 湊人がそれをぎゅっと握る。
 どういうつもりで、こんなことをしているのだろう。
 自分の気持ちも湊人の気持ちも分からない。

「せっかくだし、海に行ってみようぜ」

 湊人は私の返事を待たずに歩き出す。
 平静を取り戻さねば。
 私は彼に気付かれないように、静かに小さく深呼吸した。

 湊人が飲み物を買っていこうと言うので、道すがら全国チェーンのカフェに立ち寄った。
 それぞれ好きなものをテイクアウトで注文する。
 私はクリームが入道雲みたいに載っかったバニラ味のフラッペで、湊人はオレンジ味のシロップを入れたアイスコーヒー。
 彼が店員に慣れた様子で、その店のプリペイドカードを差し出してお会計をしてしまうから、私はまた財布を出しそびれた。

「お金、払うから。いつも悪いよ」
「いらない、いらない」

 でも年上なんだし、と続ける私に湊人がポンと優しく頭を叩く。

「ごちそうさまって笑ってくれたら、俺はそれで十分なんだけど?」

 そんなことでも今の私にとっては破壊力が大きい。
 顔が赤くなってはいないかと心配になった。
 湊人が店員から受け取ったプラスチックのカップをひとつ差し出してくれる。

「ごちそうさま」
「それでよし」

 カップを受け取りながらぎこちなく笑う私に、湊人は満足げに頷いた。
 どっちが年上か分からない。
 もしかしたら、湊人はご両親から女性には絶対に奢るべきだという教育でも受けてきて、そういう主義を貫いているのだろうか。
 こんな私のことも一応は女性として認識してくれているのかな、なんて無駄なことを考えた。