「じゃぁ、またお店でお待ちしてますね」

 湊人はお客様として失礼にならない程度にさゆの相手を切り上げると、ビールを一缶、私に差し出した。
 受け取ると、空いた方の手でさっと私の手をとって歩き出す。

「海、見ながら飲もうぜ」

 肩越しに振り向いた湊人の笑顔が見えて、またさっきのむずむずが戻ってくる。
 どんなに自分に言い聞かせても、胸は勝手にときめいてしまう。
 どうしたら止められるのか、自分でも分からなかった。
 こんな感覚、ご無沙汰(ぶさた)すぎてコントロールがきかない。

「う、うん」

 上ずった声で応えて、私は手を引かれるままに湊人についていった。
 会場の隅の方に休憩スペースだろうか、三人掛けのベンチが見える。
 目の前に広がる()いだ海。彩度の高い空の水色と、海の深い青のコントラストが綺麗で。
 穏やかで雄大な景色だった。
 じりじりと日差しが熱かったけれど、屋上のせいか風もあって気持ちが良い。

「綺麗だよな」
「すごいね。絵葉書みたい」
「テントもいいけど、この景色を見ながら飲むのもいいだろ」

 私が頷くと、湊人が「じゃーん」と言って、手にぶらさげていたビニール袋の中からアルミホイルの包みを取り出した。
 じゃーんという言葉が、クールな湊人に似つかわしくなくて可笑しい。

「なにそれ?」
「フランクフルト。箸なくても食えるだろ」
「ビールに合うやつ! ありがとう」
「おう、座れよ」

 私は一瞬考えて、湊人と距離が近すぎないようにベンチの左端のほうに座ってみた。するとすぐに彼も私の隣に腰を下ろす。
 私の配慮は無に帰して、意識しているのかいないのか、湊人は私の方に詰めるようにして座っていた。
 少しでも動けば肩が触れてしまいそうな距離。
 私の方はもう嫌というほど意識してしまっている。
 痛いおばさんだよなと思いながら、意識していることを悟られたくなくて、缶のプルタブを押し上げてぐいっとビールを流し込んだ。

「おい! 乾杯しないのかよ」

 すぐに呆れたような声で言われてハッとする。
 湊人を見ると、目と目が合って。
 彼が何故だか笑いを堪えるような顔をしていたから、私までなんだか可笑しさがこみ上げてきて、ふたりして同時に吹き出した。

「やっぱり変なやつだなぁ」

 湊人がにへらっと柔らかい笑みを浮かべて「乾杯」とビールの缶を傾ける。
 私も湊人の缶に缶ビールを軽くぶつけて「乾杯」と返す。
 いつもの意地悪で不敵な笑い方は美しいけれど、こっちの笑顔も可愛いな。
 気を許してくれているような気がして嬉しくなる。
 私の口元も今きっと緩みきっているだろう。
 綺麗な景色を見ながら、お揃いみたいな洋服を着て、おいしいものを食べながら湊人と笑い合う。
 私は今、この瞬間に、たまらなく幸せを感じてしまっていた。