「すいませーん!湊人さん、ちょっとこっち来てもらっていいっすか?」

 グリルの方にいる肉焼き係の一団から呼ばれて、湊人が手伝いに行ってしまったので、私は店長夫婦としばらく雑談することになった。
 突っ込んだことを訊かれたらどうしようとびくびくしていたけれど、大人の気遣いなのか私には湊人とのことは質問してこないので胸を撫で下ろす。
 その代わり、店長は湊人の普段の仕事ぶりやサロンでの様子を聞かせてくれた。
 けっこう気が利くとか、指名客は女性が多いけど腕が良いから男性からも指名されているとか。
 私の見られない彼の一面を知られたことが嬉しく、話に聞き入っていると店長がしみじみと言った。

「あいつが変わったのは、結衣さんのおかげだったんだなあ」
「え?」
「二年前くらいから付き合ってるんですよね? あいつ、ちょうどそのくらいの時期から、目に見えて変わったっていうか」
「変わった、というと?」

 二年前といえば、私とは出会ってもいない。
 私の知らない湊人。彼に起きた変化がなんなのか気になった。
 店長が顎に手をあてて髭を撫でながら、視線を斜め上にさまよわせて応える。

「あいつがスタイリストになりたての頃……湊人、あの(つら)でしょ? 女性客の指名が湊人にどんどん流れていって。もう別の店に移動しちゃったんだけど、先輩美容師でそれをおもしろく思わないやつがいたんですよ」
「もしかして……」
「うん。けっこう嫌がらせされてたみたいで。俺は気付けなくて、あとから知ったから悪いことしたなあと思ってるんですけど。それで、あいつけっこう捻くれて仕事も手を抜いてるような時期があったんですよ」

 湊人が私の髪をカットしてくれた、あの日に垣間(かいま)見た仕事へのプライド。
 あの湊人が仕事に手を抜いていたとは想像できなかった。変わったというのは本当なのだろう。

「それが二年くらい前のある時期から、変わったんですよね。美容師としての腕もめきめき上がって、顔で指名を取ってるって他人に言わせないくらい実力をつけたんですよ。きっとかなり努力したんだろうなぁ」

 そのタイミングで彼の仕事へのプライドや情熱を持ち直させる何かがあったのだろう。
 まだ若くてイケメンで美容師としての腕も良い。
 だから湊人には何の悩みもなくて、順風満帆(じゅんぷうまんぱん)な人生を送ってきたのだろうと思ってしまっていた。
 そんなこと、あるはずがないのに。
 湊人も苦労と人一倍の努力を経験していたんだ。
 私は本当に彼のことをまだ全然分かっていないんだと改めて思った。
 もっと湊人のことが知りたい。

「お話、聞けてよかったです。ありがとうございます」
「いやー、ちょっと余計な話をしちゃったかもしれないな。あいつには黙っててくださいね」

 店長が頭をがしがし掻きながら苦笑したのを見て、奥さんが「この人、本当におしゃべりだから気をつけてね」と言うので、思わず笑ってしまった。