「綺麗だよ。暗闇のなかを光ったり消えたりしながら、ふわふわ飛んでるの」

 湊人の反応に気を良くして、父から聞きかじった知識を披露する。

「蛍の光って求愛の光なんだって。オスが飛び回りながらメスに声をかけるように光って、メスもそれにオッケーなら光返すんだって」
「すげぇ。よく知ってるな」
「お父さんの受け売り。求愛のためのものだなんてロマンチックな光なんだなと思って覚えてた」

 湊人が「女の子らしいところあるじゃん」と笑う。

「蛍、いつか一緒に見に行こうぜ」

 さらりと笑顔でそんなことを言われて、私は驚いた。
 悟られないように曖昧に頷いたけれど、果たして本当にそんな日がくるのだろうか。
 私の生まれ育った場所を湊人が歩いている姿が想像できない。
 およそ一年後に、私と彼がこうして一緒にいるかどうかも分からなかった。
 気分良さそうにビールを流し込む湊人を見ながら、私は心の中で叶うかどうかも怪しい約束を反芻(はんすう)していた。
 蛍の光が舞う、あの光景を本当に彼とふたりで眺めたいという期待がにじみ出てきて、私も温くなったビールをあおった。
 そんな感情は持ってはいけない。
 これが高じて、恋愛感情を抱いてしまいそうで怖かった。
 こうして湊人と友達としてそばにいるだけで、救われているのに。
 やっと前を向けそうになっているのに。
 湊人が私を好きになるはずがないのに、こんな気持ちになっちゃダメ。
 そのあと、私たちは終電間近になって店を出た。
 お会計は私がトイレに入っている間に彼女役のバイト代だなどと言って湊人が済ませてしまっていた。
 自分の分のお金を渡そうとする私を頑なに断って、彼はどんどん歩いていく。
 ――彼女役のバイト代、かぁ。
 やっぱり大人しく番犬の務めを果たさないとなと思いながら、小走りにその背中を追いかけた。
 東京の夏の夜はまだ蒸し暑い。
 終電の時間帯になっても、新宿はまだたくさんの人々で溢れている。
 人ごみのむこうで、湊人がこっちを振り向いて薄く微笑んだ。
 そんな一瞬でも絵になってしまう湊人に、どうしようもなく、胸が高鳴った。