「結衣も焼いてばっかりいないで、どんどん食えよ」

 湊人が満足げに笑いながら、私の前にある生肉の載った皿を自分の方に引き寄せた。
 トングで肉をつまんで焼いていく。
 湊人のこういうところが、私にとってはすごく新鮮だ。
 今思えば、明は全部、私任せだった。
 デートで行く店を決めるのも料理の注文も肉を焼くのも、普段の家事や料理も、すべてやるのは私。
 エスコートとかリードとかレディーファーストとか、そういったことを明からされたこともなかった。
 思考のなかに明が出てきても今日は悲しくなんてならない。
 それどころか肉をひっくり返している湊人を眺めながら、こうして一緒に楽しめる人っていいなと思ってしまっていた。
 恋愛対象になりえない湊人と明を比べるなんて、どうかしている。
 私は結露で汗をかいたジョッキをあおってビールを飲み干した。
 湊人のビールも空になっている。
 おかわりしようと二人で決めると、私が店員を呼ぶより早く湊人が手を挙げる。
 店員に生ビールをふたつ注文している彼を眺めていると、胸のなかにまたさっきの思考がちらついて、私はそれをかき消すように頭を振った。

「それで、電車以外になんかないの、地元の話」

 湊人が一通り肉を食べ終わって、追加するつもりなのかメニュー表をながめながら言った。
 私は店内の浴衣姿のグループを見て、夏祭りの話を思いつく。

「けっこう規模の多きな夏祭りがあるよ。神奈川のまつり五十選っていうのに入ってるって母が言ってた」
「へー、盆踊りみたいなの?」
「ううん。道路が歩行者天国になって、いくつかお神輿がでるの。屋台もたくさん並ぶんだ」
「楽しそうだな」
「そうだね。あっちに住んでた時はほとんど毎年行ってたよ」

 湊人は塩キャベツをつまみながら楽しそうに私の話を聞いている。
 高校生くらいまではこの夏祭りにいくことと、もうひとつ初夏の習慣があったことを思い出した。
 いかにも田舎っぽい気がして、都会育ちの湊人に話すのもどうかなと思いながら、私は口を開く。

「あと、うちの近くに広い公園があって。滑り台とか遊具があるようなところじゃなくて、林みたいな場所に丘と池と遊歩道があるだけの公園なんだけど」
「公園?」
「うん。そこね、蛍がいるの。毎年、六月の二週間くらいだけ見られるんだよ」

 ちょうど湊人と出会った季節だなと思う。
 外灯もなく真っ暗で足元もろくに見えない公園の中を、柔らかい土の地面を踏みしめながらゆっくりと進む。
 湿った土と草の匂い。
 さすがに田舎といっても、近くに車が走る道路もあれば工場や民家だってあるから、そんなにたくさんいるわけではないけれど。
 池のそばまで歩くと、緑っぽい光を一定のリズムで明滅させながら飛び交っている蛍を見ることができる。
 なんとも幻想的で、私は毎年その光景を家族で見に行くのが楽しみだった。

「すげぇな。俺、蛍なんて見たことねえよ」

 湊人が感嘆の声をあげる。
 私は自分が褒められたような気がして、ちょっと照れくさくなった。