震える指で内側のポケットを探ると、一枚のプリントシールが出てきた。
加工されて宇宙人みたいに目が大きくなった髪の茶色い若い女性と、明が頬を寄せ合ったり、抱き合ったりしながら満面の笑みで写っていた。
だいすきとか、三ヶ月記念日と女の子らしい丸っこい字で飾られている。
三ヶ月。
三ヶ月前といえば、私にプロポーズしてくれてからすぐの頃だ。
私を三ヶ月間も裏切っていたということ?
血の気が引いた。手がぶるぶる震えて、腕を押さえつけていないと止まらないほどになっていた。
なにが起きているのか一目瞭然なのに、私の脳は理解するのを拒んでいる。
これだけで決め付けるのは良くないと自分を騙して、明のスマホの中身も確認することにした。
私とお揃いで機種変更したばかりのアンドロイド端末にはロックがかかっている。
深呼吸しながら、明の誕生日の数字四桁を入力した。
拍子抜けするくらい簡単にロックが解除されて、ホーム画面が開かれた。胃が痛い。
メッセージアプリを立ち上げる。
アイコンを押すと、先ほどの通知は消えてしまうけれど、この際、明にスマホを見たことがバレるのはどうでもいいことのように思えた。
通知にあった女性の名前が表示されているトーク画面を開く。
そこにあったのは、付き合いたてのバカみたいに情熱的な会話のやりとりだった。
私が一緒に暮らしているのに、彼女と早く一緒に暮らしたいと言う明。
私には言ったこともなかったのに、世界で一番、愛してるとか可愛いよなんて甘ったるいセリフを言う明。
スクロールしていくと何枚かの写真も送受信されていた。
若い女とキスをしている明。
彼女が作ったであろうオムライス。
上半身裸の明と布団で胸元を隠す女。
一気に吐き気が襲ってきて、私はキッチンに駆け込んでシンクに嘔吐した。
なんなの、これ。
なんなの、これは。
頭の中でぐるぐると同じ疑問がまわっている。
地震でもきたのかと思うほど、足元がぐらぐらした。
落ち着かなきゃ。
これからどうしよう。どうしたらいいの。
知りたくない。知らなければよかった。
でも一度見てしまったからには、知らなければならない。
確かめよう。
シャワーを終えて、さっぱりした顔をして出てきた明に、私はプリントシールを手渡した。
その時、明の目には私はどんな風に映っただろう?
彼の顔が血の気が引いたように青ざめていく。
暗い瞳が不安定に揺れていた。
それから、小さくごめん、と呟いた。
その次に出てくる言葉はなんだろう?
言い訳でもするのかな? と思ったのに、彼はなにひとつ弁明をするでもなく「別れよう」と言った。
私は耳を疑った。
「別れようって? それ、どういうこと?」
「このまま結婚しても、俺は結衣を幸せにできないよ」
「そのひとを選ぶってこと?」
「そういうことじゃない。ごめん」
明はそれ以上なにも言わず、部屋を出て行く準備を始めた。
見慣れたはずの彼の顔がまるで別人のように見える。
「お願い。捨てないで」
私の平凡な人生に、こんな陳腐で情けない言葉を言うタイミングがくるなんて思いもしなかった。
必死に、ふりしぼった願いの言葉は、明には響かないし届きもしない。
明にとって、私はもう大切な存在ではなくなっていたのだ。
かけがえのない家族みたいに思っていたのは、私だけだった。
彼はただ、新鮮な恋を選んだ。
私は明にとって、一体なんだったんだろう。
ふたりで過ごした、この十三年は、そんな簡単に終わりにできてしまうものだったの?
ビーッとうるさいほどの耳鳴りがして、膝が笑う。
立っていられなくなって私はその場にへたり込んだ。
足元から、私の世界が崩壊していく。
私はもう一生、杉山結衣にはなれないんだ。
この人はもう私の前からいなくなるのだ。
私が信じていたものは、なんだったのだろう。
消えてしまいたい。
世界が消えたのなら、私もいっそのこと、一緒に消えてしまいたかった。
加工されて宇宙人みたいに目が大きくなった髪の茶色い若い女性と、明が頬を寄せ合ったり、抱き合ったりしながら満面の笑みで写っていた。
だいすきとか、三ヶ月記念日と女の子らしい丸っこい字で飾られている。
三ヶ月。
三ヶ月前といえば、私にプロポーズしてくれてからすぐの頃だ。
私を三ヶ月間も裏切っていたということ?
血の気が引いた。手がぶるぶる震えて、腕を押さえつけていないと止まらないほどになっていた。
なにが起きているのか一目瞭然なのに、私の脳は理解するのを拒んでいる。
これだけで決め付けるのは良くないと自分を騙して、明のスマホの中身も確認することにした。
私とお揃いで機種変更したばかりのアンドロイド端末にはロックがかかっている。
深呼吸しながら、明の誕生日の数字四桁を入力した。
拍子抜けするくらい簡単にロックが解除されて、ホーム画面が開かれた。胃が痛い。
メッセージアプリを立ち上げる。
アイコンを押すと、先ほどの通知は消えてしまうけれど、この際、明にスマホを見たことがバレるのはどうでもいいことのように思えた。
通知にあった女性の名前が表示されているトーク画面を開く。
そこにあったのは、付き合いたてのバカみたいに情熱的な会話のやりとりだった。
私が一緒に暮らしているのに、彼女と早く一緒に暮らしたいと言う明。
私には言ったこともなかったのに、世界で一番、愛してるとか可愛いよなんて甘ったるいセリフを言う明。
スクロールしていくと何枚かの写真も送受信されていた。
若い女とキスをしている明。
彼女が作ったであろうオムライス。
上半身裸の明と布団で胸元を隠す女。
一気に吐き気が襲ってきて、私はキッチンに駆け込んでシンクに嘔吐した。
なんなの、これ。
なんなの、これは。
頭の中でぐるぐると同じ疑問がまわっている。
地震でもきたのかと思うほど、足元がぐらぐらした。
落ち着かなきゃ。
これからどうしよう。どうしたらいいの。
知りたくない。知らなければよかった。
でも一度見てしまったからには、知らなければならない。
確かめよう。
シャワーを終えて、さっぱりした顔をして出てきた明に、私はプリントシールを手渡した。
その時、明の目には私はどんな風に映っただろう?
彼の顔が血の気が引いたように青ざめていく。
暗い瞳が不安定に揺れていた。
それから、小さくごめん、と呟いた。
その次に出てくる言葉はなんだろう?
言い訳でもするのかな? と思ったのに、彼はなにひとつ弁明をするでもなく「別れよう」と言った。
私は耳を疑った。
「別れようって? それ、どういうこと?」
「このまま結婚しても、俺は結衣を幸せにできないよ」
「そのひとを選ぶってこと?」
「そういうことじゃない。ごめん」
明はそれ以上なにも言わず、部屋を出て行く準備を始めた。
見慣れたはずの彼の顔がまるで別人のように見える。
「お願い。捨てないで」
私の平凡な人生に、こんな陳腐で情けない言葉を言うタイミングがくるなんて思いもしなかった。
必死に、ふりしぼった願いの言葉は、明には響かないし届きもしない。
明にとって、私はもう大切な存在ではなくなっていたのだ。
かけがえのない家族みたいに思っていたのは、私だけだった。
彼はただ、新鮮な恋を選んだ。
私は明にとって、一体なんだったんだろう。
ふたりで過ごした、この十三年は、そんな簡単に終わりにできてしまうものだったの?
ビーッとうるさいほどの耳鳴りがして、膝が笑う。
立っていられなくなって私はその場にへたり込んだ。
足元から、私の世界が崩壊していく。
私はもう一生、杉山結衣にはなれないんだ。
この人はもう私の前からいなくなるのだ。
私が信じていたものは、なんだったのだろう。
消えてしまいたい。
世界が消えたのなら、私もいっそのこと、一緒に消えてしまいたかった。