「好き嫌いはある?」

 問いかけると、湊人は真顔で即答した。

「ピーマンとセロリ」
「子供みたい」

 ベタな好き嫌いに思わず吹き出してしまった私を見て湊人は面白くなさそうに、ふんと鼻を鳴らす。
 隣に並んで、こちらを見下ろしてきた。

「うるせぇよ。腹減った。俺も手伝うから、さっさと作ろうぜ」

 まさか彼がそんなことを言い出すとは思わなかったので、ちょっと驚いた。
 そもそも湊人は料理なんてできるんだろうか。
 彼の住む部屋は綺麗に整理整頓されていたけれど、自炊まですようなタイプには見えない。

「でも、それじゃぁヘアカットの料金払うことにならないじゃない」
「いいから。何作んの?」

 相変わらず、こうと言ったら聞かない。強引に彼のペースに巻き込まれる。

「そうめんチャンプルー」
「なんだそれ?」

 初めて聞いたという素振りで湊人が言うので、私はそれが沖縄の郷土料理で、素麺やツナ、卵、人参、たまねぎなどの具材をごちゃ混ぜにして炒めたものだと説明する。
 本来であればニラとスパムのような肉を入れるのが一般的なようだけれど、あいにく用意がないので割愛(かつあい)することにした。

「へー、うまそうじゃん。よし、作ろうぜ。何すればいい?」

 湊人が子供みたいに無邪気に笑った。その顔になんだかまた可笑しくなって私まで笑ってしまう。
 そういえば明とは一緒にキッチンに立つなんてことはなかったな。彼は目玉焼きを焼くことすら、できない人だった。
 私が料理するとき、明は決まってソファーに陣取ってテレビを観ていた。
 はた、とまた明のことを思い出していることに気付いて、私は湊人を見上げた。
 明より幾分、上背のある彼は首をかしげて私を覗き込んでくる。
 訝しそうにする湊人に、私は人参と玉ねぎの下ごしらえをお願いした。
 どうなるかなと見ていると、彼は包丁で手際よく玉ねぎの皮をむき、等間隔にスライスしていく。
 なかなかの正確さだ。
 その後もあっという間に人参の細切りまでこなした。手先がとても器用で調理すること自体、慣れているように感じる手さばきだった。

「すごい、上手」

 私が素麺を入れたばかりの鍋を菜ばしで混ぜながら素直に褒めると、湊人は当然という顔をする。

「親が共働きでガキの頃から料理はしてたからな。一人暮らし始めてから外食とか買い食いも増えたけど、わりと作るんだ」

 私は素直に感心した。
 世の中、自分のこともまともにできない男性もいると聞く。
 実際、明だって家事のほとんどはできなかったし、私に聞かないと目的の洋服をクローゼットから探し当てることもできなかった。
 既婚の友人たちとの飲み会では旦那さんの愚痴大会になったとき、どこも似たようなことを言っていた。
 もしかしたら湊人は彼なりに苦労して家事のスキルや几帳面さを身につけたのかもしれない。
 仕事に対するプライドにしてもそうだけれど、彼にはギャップに驚かされてばかりだ。
 若いのに立派な青年なのだなと、おばあちゃんが若者を見るような気持ちになってしみじみしてしまう。
 湊人はそんな私を「なんだよ、気持ち悪ぃな」と言って呆れたように笑った。
 そうめんチャンプルーができあがると香ばしい匂いにつられて、食欲のなかったはずの私のお腹が大きく鳴った。
 湊人に馬鹿にされるだろうかと赤面したけれど、聞こえていなかったのか優しさなのか彼は何も言わなかった。

「うまそう」

 嬉々として皿に盛り付けている湊人を見ながら、私は明の浮気相手が作ったオムライスを思い出していた。
 やっぱり私の料理なんて所帯じみて可愛げがないな。
 思わず苦笑しながら「女子っぽい料理じゃなくて、なんか恥ずかしいな」とつぶやいた。

「俺はこういうのけっこう好きだけどな」

 湊人はさらっとそんなことを言って料理の載った皿をダイニングテーブルまで運ぶと、いそいそと席に座る。

「早く食おうぜ」
「はいはい」

 子供みたいに急かしてくる湊人に母性本能がくすぐられる。
 自然と口元に笑みが浮かんだ。
 湊人と一緒に料理をして食事をしようとしているこの時間が、純粋に楽しい。